地方移住×テレワークで生きる私の地元自慢【飛騨市編】〜20代で訪れた人生の大転換〜
海外を訪れ、自分の中で価値観の大転換が起きた──そんな経験を語る人は少なくありません。けれど、そのような変化は、必ずしも国境を越えなければ得られないものではないのです。
私にとって、それは岐阜県最北端のまち、飛騨市で起こりました。
目次
ライター
サムネイル制作者:今泉香織 (制作アイキャッチ一覧)
20代後半で脱サラして地方移住、きっかけは結婚
20代の頃の私は、恥ずかしながら世の中についてほとんど何も知りませんでした。(今も知らないことばかりです。)
幼い頃、父の仕事を尋ねられ、こう答えたことがあります。
「普通のサラリーマン」
世の中に対してその程度の解像度しか持たないまま大人になった私は、自分自身も就職し、夢も希望も抱かないまま「普通のサラリーマン(※1)」になりました。(※ 1 本来なら「会社員」と表現するところですが、便宜上「サラリーマン」と呼びます。)
結果的に、恵まれた職場で魅力的な先輩方に出会い、「普通」という枠に押し込められるほど「サラリーマン」は単純ではないと気付くと同時に、仕事の楽しさも知りました。
それでも依然として、当時の私に見えていた世界の輪郭は、どこかぼんやりしていたように思います。
変化が訪れたのは、20代後半。飛騨市で宇宙科学研究(※2)をしていた夫との結婚を機に、私は東京都のIT企業を退職し、地方移住を経てフリーランスのライター・編集者になりました。
※2 飛騨市には、宇宙と素粒子の謎を解き明かす研究拠点が集まっており、そこでの研究は二度のノーベル物理学賞受賞につながっています。ご興味のある方は、東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設公式サイト「施設概要」をご参照ください。
飛騨市を移住先におすすめする3つのポイント

リニューアルされた市内の公園。ピカピカの遊具を目にした時「市は、ちゃんとこっち(子育て世代)を見てくれている」と思わず感動。
世の中に対する解像度の低かった私は、飛騨市に越してきた当初は「のんびりした田舎」くらいの印象しか持っていませんでした。
のちに、その印象がガラリと変わる出来事があるのですが、まずは日々の暮らしで感じた飛騨市の魅力をお伝えしていきます。
※ 移住後の仕事やテレワークについて早く知りたい方は「仕事はテレワーク×地域密着ワークのハイブリッド」からお読みください。
移住先としてのおすすめポイント①:のびのびと子育てできる
実際のところ、ここはのどかな場所です。山々に囲まれた暮らしのなかで、長い東京生活で張り詰めていた心が少しずつ解けていくのを感じました。豊かな自然に加え、風通しの良い地域性にも日々助けられています。
採れたばかりの野菜や山菜を分けてくれて、調理法まで教えてくれるご近所さん。
スーパーで会うたびに声をかけてくれる、大好きな居酒屋のオーナー。
右も左もわからなかった私に、子育て情報を教えてくれた先輩ママ。
お茶を飲みながら、楽しくおしゃべりできる移住者仲間。

ご近所さんから頂いた山菜。
人との距離が近く、顔を合わせれば自然と笑い合える関係が、この場所にはあります。地元の方いわく、特に私が暮らすまちは鉱山で栄え、人の出入りが盛んだった背景から、移住者に対してウェルカムな方が多いのだとか。
実家が遠くても大丈夫。自宅保育を支える地域コミュニティ
このような温かい環境は、子育てにもピッタリ。子どもが少ない地域だからこそ、一人ひとりが宝物のように大切に育まれている空気を日々感じています。
我が家は夫婦共にテレワークということもあり、一人息子が3歳になるまでは自宅保育をしながら、仕事に余裕のある日には地域の子育て支援センターを利用していました。
「〇〇くんママ」「〇〇さん」と名前で呼び合える関係が息づくこの場所は、子どもにとってだけでなく、親にとっても憩いの場です。
支援の充実ぶりは、東京都内で子育てをする私の姉や母が感心するほど。体操や歌、読み聞かせの時間が毎日のようにあり、親子で「保育園のような場」を疑似体験できます。定期的に行われる誕生日会や季節のイベントは「ここまでやってくれるの?」と驚くほど手が込んでおり、ちょっとした非日常を与えてくれました。
また、気軽に利用できる託児サービスがあるのも、働く親にとって心強いポイントです。実家が遠方にあり、いざというときに両親を頼れない移住者にとっても、こうした環境は大きな安心につながっています。取材など外せない仕事がある日には、実際に利用していました。
息子にとっては、保育園入園前に親と離れて過ごす練習にもなりました。託児後に共有されるレポートを通じて、その日の息子の様子を知ることができ、一つひとつ丁寧に書かれた言葉は今でも宝物です。
待機児童ゼロ。一人ひとりに行き届く子育て支援
何より注目すべきは、待機児童ゼロ(※3)であること。申請時に「落ちるかも……?」と不安を感じることなく、安心して保育園へ進むことができました。子どもが楽しめる行事や学びが豊富に用意されており、良い先生方とも巡り会えたと感じています。
「せんせい、だいしゅき♡」
保育園の帰り際、担任の先生に毎日のように告白する息子の姿を見るたびに、このまちで子育てができて本当に良かったと心から思います。
こうした子育てのしやすさは、私個人の感覚にとどまるものではありません。
宝島社の「2026年版 住みたい田舎ベストランキング」では「人口3万人未満の市」の子育て世代部門で第6位に選ばれています(※4)。
待機児童ゼロや、一時預かりを利用しやすい環境に加え、最近では「学校作業療法室」という先進的な取り組みも注目されています。作業療法士が定期的に市内の小中学校を訪問し、学校生活に困り感を抱える児童を中心に自立支援を行う活動です。
関連記事:地域の子どもが幸せな学校生活を送るには?個々の発達に向き合い、自立を促す「学校作業療法室」
※4 出典:飛騨市公式サイト「2026年版「住みたい田舎ベストランキング」に飛騨市が上位ランクイン!」2026年5月閲覧
ここまでで、すでに飛騨市の魅力が伝わりつつあるかと思いますが、すごいのはここからです。
飛騨市を知れば知るほど、ステレオタイプな「田舎」の枠を超えた「先進的な田舎」であることがわかっていくのです。
移住先としてのおすすめポイント②:何かと先進的で面白い

子どもが生まれる以前、足しげく通っていた居酒屋で初めて知った「漬物ステーキ」。飛騨市は、とにかく飯がうまい。
飛騨市は高齢化のピークを過ぎ、国内でも人口減少が進んでいる地域です(※5)。それ自体は、決して珍しいことではないのかもしれません。
特筆すべきは、飛騨市が「人口減少先進地」であるという点です。全国的に人口減少が進む日本の「未来の姿」として注目されています。
関連記事:人口減少社会の中で自治体職員が取り組む。「課題先進地」としての攻めの広報|岐阜県飛騨市
人口減少が進むなかでも、地域の暮らしをどう豊かにしていくか。
その問いに正面から向き合い、前例のない先進的な取り組みを次々と打ち出しているのが飛騨市です。こうした姿勢に共感し、ほかの自治体から視察に訪れる方が相次いでいます。
そんな飛騨市で、私は業務委託として主に2つの仕事をしています。
1つは、地元で活躍するプロにその技や思いを聞き、地域内に広める仕事。
もう1つは、飛騨市で実施されている先進的な取り組みを、地域外に広める仕事です。
前述の学校作業療法室に加え、観光客以上・移住者未満の「関係人口」を増やすプロジェクト、地域資源である薬草の魅力発掘・発信、市役所窓口の全庁横断的なDX推進——これまで私は、さまざまな取り組みを取材してきました。
「飛騨市って、こんなにすごい場所だったんだ……!」
関連記事:【岐阜県飛騨市】岐阜県初の「内閣総理大臣賞」で頂点に!全国広報コンクール~「関係人口」を軸にした飛騨市の共創モデル
そして飛騨市のすごさは、行政だけでは終わりません。市民一人ひとりが、地域の魅力を形づくる大きな力になっているのです。
そうした市民への取材こそが、私の世の中に対する解像度をぐんと上げていきました。
移住先としてのおすすめポイント③:地域住民がアツイ
市民生活を支えるプロに光を当てる「プロフェッショナル特集」では、これまでにさまざまな職業の方を取材してきました。
タクシー運転手、まちの電気屋さん、ダム職員、水道屋さん、除雪車オペレーター、道路ライン引き、ゴミ処理職人──。
それぞれに卓越した技術や強い思いがあり、誰一人として「普通のサラリーマン」ではありませんでした。取材を重ねるたびに、世の中のさまざまな職業に対する尊敬の気持ちが育っていきました。
なかでも、私の心に深く刻まれた取材があります。
それは、バス運転士を取材した時のこと。若手とベテランのお二方にお話を伺いました。
その時、若手の方が何度も繰り返していた言葉が忘れられません。
「地元のため」
自分よりずっと若い人が、学生時代から地域でボランティアをし、地域の役に立ちたい、地域の足になりたいと運転士の道を選んだ──その思いをまっすぐに語ってくれました。
その時、痛感したのです。
自分って、なんて世間知らずで空っぽなんだろう、と。地域の方のひたむきな思いに触れるたびに自分が恥ずかしくなりました。
「普通」なんて、ないんだ。そう気付かせてくれた存在こそ、飛騨市でした。
今でもそのバス運転士さんを、まちなかで見かけることがあります。そのたびに「自分も頑張らなければ」「ひたむきに生きよう」と勇気をもらえるのです。
関連記事:これぞマルチタスク!プロフェッショナルなバス運転士
地方移住はやめとけ?後悔しないための事前情報
ここまで飛騨市の良いところばかりに触れてきましたが、移住生活でネックに感じるポイントが一つもないというと嘘になります。
特に生活面で困ることは、移住後に後悔しないためにも事前に把握しておきたいポイントですよね。
ここからは、実際に暮らしのなかで困ったことや、デメリットになり得る点を紹介します。
移住前に知っておきたいポイント①:運転免許がないと不便
これは、ある程度の地方ならどこでもいえることですが、車を運転できなければ、どうしても一定の不便は避けられません。
高齢者が多い飛騨市では、運転免許の返納後も生き生きと暮らせるよう支援が充実しており、前述のバス運転士やタクシー運転手の方々がその生活を支えています。
そのうえで、車を安全に運転できる可能性が高い年齢であれば、免許は持っておいた方が良いというのが私個人の意見です。
私自身、飛騨市に越してしばらくは免許なしで過ごしていましたが、当時は行動範囲がかなり限られていました。例えば、隣まちに遊びに行こうと思えば、運転ができる夫と一緒に行くか、そうでなければバスを待つしかありません。
もちろん、移住者の中には車を持たずに暮らしている方もいます。一日を計画的に組み立てられる方であれば、バス中心の生活も豊かなものになるでしょう。ただ、思いついたタイミングでふらっと出かけたい私にとっては車は欠かせないのです。
移住前に知っておきたいポイント②:意外とお金がかかる

田舎暮らし=生活コストが安い、というイメージを持つ人もいるかもしれませんが、必ずしもそうとはいえません。
前述の通り、自由に動き回るには車がほぼ必須です。車を持てば、メンテナンス費用やガソリン代が日常的にかかります。
さらに、飛騨市は雪国。冬にはスタッドレスタイヤへの交換が欠かせず、ワイパーも冬用に替える必要があります。(私自身は、飛騨市に来るまで冬用ワイパーの存在すら知りませんでした。)
また、都会と比べて家賃はやや抑えられる傾向にあるものの、新築物件は少なく、築年数の経った家が中心です。断熱性能の低い古民家で寒さを凌ぐには、暖房をしっかり使わなければなりません。水道管の凍結を防ぐため、凍結防止ヒーターを回し続ける必要もあり、結果としてランニングコストがかさみます。
かかるのはお金だけじゃない
また、田舎暮らしはスローライフのイメージを持たれがちですが、実際には、そこまで「スロー」に生きられない現実もあります。
特に冬。車庫のない家に住んでいる場合、朝起きたら、まず雪に埋もれた車を掘り出す作業から一日が始まります。ふわっと軽い雪を想像されるかもしれませんが、見た目に反して雪は重く、寒さのなかでも一汗かくほど雪かきには体力を使います。
ただ、子どもにとって大量の雪は、まさにアドベンチャー。雪が積もった木を指差して「木が雪遊びしてるよ!」とはしゃぎ、転げ回る姿を見ていると、雪も悪いことばかりではないと思えます。
では、雪が解ければ暮らしは一気に楽になるのかというと、そう単純でもありません。春になれば、今度はクマの出没に注意が必要になります。防災無線に耳を澄ませ、行動範囲や時間帯に気を配る。必要に応じて対策グッズをそろえるなど、日々の暮らしには、常に備えが求められます。
自然豊かな場所での暮らしは、のんびりしているように見えて、実際には手間も時間も、そして出費も伴うものです。
移住前に知っておきたいポイント③:どこからともなくカメムシ

地元の方がプレゼントしてくれたカメムシキャッチャー。
個人的に最もネックに感じているのが、カメムシ。(地元では「ヘクサ」と呼ぶようです。)窓を閉め切っていても、彼らはどこからともなく侵入してきます。
我が家では窓のすき間にテープを貼って侵入を防いでいますが、それでも100パーセント食い止めるのは不可能に近いでしょう。
気密性が高い家を選べばカメムシとの遭遇を避けられるかもしれませんが、都会と比べると賃貸物件の選択肢は限定的。完璧に理想と合致する物件と出会うのは至難の業です。
仮に出会えたとしても、春・秋のシーズンにまちを歩けばカメムシはいます。飛騨市での暮らしで一匹も遭遇しないことは奇跡に近いので、カメムシが一匹でも視界に入ると耐えられない方には移住をおすすめできないかもしれません。
ただ、地元の方はカメムシ嫌いの私にも温かく、ある時ペットボトルを使ったカメムシ対策を教えてくれて、なんと後日、実際に作ったものをプレゼントしてくれたのです。カメムシと対峙するその瞬間は一人でも、そこには地元の方の優しさと知恵が寄り添っています。
仕事はテレワーク×地域密着ワークのハイブリッド
移住先での仕事はどうしよう……。多くの人にとって、ここが一番の悩みどころかもしれません。
私の場合、飛騨市に移住してしばらくはテレワーク一本で働いていました。東京の企業が運営するオンラインアウトソーシング(※6)「HELP YOU」にフリーランスとして参画し、営業事務や秘書、経理、人事労務など多様な案件があるなかで、私はインタビュー記事を中心としたライティングや編集の仕事を担当しています。
フリーランスとしての実績が少しずつ積み重なってきた頃、地元で知り合った「気の良いおっちゃん」が、飛騨市に私をライターとして紹介してくれました。そのご縁をきっかけに、前述の「プロフェッショナル特集」をはじめとする地域コンテンツの制作に業務委託で関わるようになりました。
改めて、テレワークと地元の仕事、その両方があって本当に良かったと思います。テレワークだけだったら、地元の方の思いや温度にここまで触れる機会はなかったでしょうし、地元の仕事だけだったら、遠く離れた土地の面白い案件に出会うこともなかったはずです。
「地域に縛られない働き方」と「地域に馴染む働き方」。この2つを行き来できる今のバランスが、私にはとても心地よく感じられます。
自分の目で見て、空気感を肌で感じるのがおすすめ
この記事で紹介したのは、飛騨市のごく一部であり、あくまで私の目に映る「飛騨市」です。
地元の方には全く違う「飛騨市」が見えているでしょうし、ほかの移住者が語る「飛騨市」も、また別の姿かもしれません。
実際、同じ飛騨市であっても、まちによって風土が異なるという声を耳にします。
だからこそ、まずは足を運んでみてほしいのです。
地元の方にまちを案内してもらえる制度や、地域の畑仕事などを手伝う代わりに貴重な体験や返礼品が得られるプログラムなど、地域と触れ合える機会が用意されています。
ぜひ「生」の飛騨市を体験してみてください。
関連記事:無責任に移住させない。飛騨市の「おせっかい」な移住支援
最後に
そんな私にとって「故郷とは何か」は今でもよくわかりません。けれど、自分を大きく成長させてくれた飛騨市には、ほかの土地に対して抱く気持ちとは確かに違う感情が芽生えています。
それが、もしかしたら「故郷」に対して抱く感情の種なのかもしれません。
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