パパだって、好きな働き方を選んでいい。家族と自分、どちらも大切にするフルリモート&フリーランスへの転身
大手スポーツ用品メーカーの研究員から公務員、そしてフリーランスへ。北海道下川町に移住し、フルリモートワーカーとして活躍する岩下直人さんは、三姉妹を育てるパパ。小学2年生と年少児、さらに4月には新たな家族が誕生しました。
「自分が稼がなければ」というプレッシャーを抱えながら踏み出した独立の先に、どんな日常があるのでしょうか。家族に寄り添う働き方のリアルをお届けします。
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目次
インタビュイー
ライター
サムネイル制作者:神原優子(制作アイキャッチ一覧)
子どもの行事は全参加。「おかえり」と言える働き方
── フルリモートワークになって、家族と過ごす時間はどう変わりましたか?
会社員の頃は朝8時半に出勤して、帰りは18時〜19時。遅いと20時を過ぎることもあって、帰ってくるまでに子どもが寝てしまっていることも結構ありました。今は1日中家にいるので、子どもたちとの距離が近くなったように感じます。
── お子様は、何時頃に帰宅されるんですか?
小学2年生の長女が帰ってくるのは14時半。学童には行っていません。年少児のお迎えは16時〜17時です。
── お子様が帰ってきた後は、どのように仕事を調整されているのでしょう?
14時半以降に子どもが帰宅してからもパソコンには向かっているのですが、すぐそばで遊ぶ子どもの存在が気になり、思うようなパフォーマンスが出せないこともあって。夜は子どもと一緒に寝て、その分早めに起きて仕事をするイメージです。
── お子様の学校や園での行事はどうされていますか?
授業参観には全部行っています。納期さえ守れば働く時間を調整しやすい案件を選んでいるので、会社員の頃と比べてずいぶん参加しやすくなりました。 ちょうど明日も、次女の誕生日のお祝いがこども園であるので行ってきます。
収入優先か、家庭優先か。現実と理想で揺れる日々

友人の牧場にお邪魔して、牧草ロールの上に登っての記念ショット
── 下川町への移住後は、公務員を経てフリーランスになったんですよね。なかなか収入が安定しないといわれる働き方ですが、実際のところいかがでしょう?
おっしゃる通り、会社員や公務員時代と比べれば収入は不安定で、稼ぐことよりは家庭を優先する状況が続いています。ただ、ずっと揺れているところはありますね。生計を立てなければいけないので、家庭だけを優先することは現実には難しい。でも子どもたちの変化が一番大きい時期ですから、しっかり一緒に過ごしたい気持ちは強いです。
── 在宅フリーランスへの転身は大きな決断だったと思いますが、公務員を辞めるまでにどのような経緯があったのでしょうか?
移住後に入った役場では、社会人枠採用だったこともあり即戦力として期待されていたと思います。また、対外的な業務の多い部署でもあったので、視察対応などで土日に出勤したり、懇談会などで夜遅くまで残業したりといったこともありました。
そんな生活が続いたときにふと、「何のために移住したんだろう」という気持ちが出てきて……。精神的にも疲れ始めていた私の姿を見て、妻は「もっとゆとりを持てる仕事を見つけてみたら? 」と言ってくれました。
── それをきっかけに働き方を見直し、オンラインアウトソーシング(※1)「HELP YOU」にたどり着いたのですね。面接ではどのような話がありましたか?
HELP YOUで働く多くの人と同様、私も業務委託として応募したのですが、一般に知られている通り、仕事や報酬の保証はない働き方ですよね。入社したその月から給料が保証されている会社員と異なり、伝手や実績のない状態から業務委託となった場合、開業して間もない時期の減収は避けられません。
面接官は、私が当時2児の父であったことを踏まえ「本当に大丈夫ですか?」と心配されている様子でした。
(※1) オンラインアウトソーシングとは在宅でインターネットを活用し、業務サポートを行うサービス。
── それでも踏み出せたのは?
「きっと何とかなる」「何とかできる」という自負のようなものがあったからです。新卒で研究員になってからは、答えの見えない巨大プロジェクトを手探りで進めていました。振り返れば、そうした経験が未知の状況にも臆さない自信を育ててくれたのだと思います。
ただし、HELP YOUでの働き方は、全くの未知というわけでもありませんでした。HELP YOUでは、経理・労務や秘書、営業事務など、いわゆる「バックオフィス」と呼ばれる仕事が中心です。私のキャリアの大半は研究職ですが、役場では一般事務も経験していたため、業務内容そのものへのハードルはありませんでした。
また、HELP YOUは全社的にフルリモートワークを導入していますが、私自身も会社員時代に、コロナ禍で在宅勤務を経験しています。顔が見えない状況でコミュニケーションを取る難しさや工夫を知っていたことも、在宅フリーランスへの一歩を後押ししてくれました。
── フリーランスとしてのスタートは、かなり厳しい現実もあったと伺いました。
独立した初月の月収は、会社員時代と比べ物にならないほど少なかったですね。社会保険料の全額自己負担も、なってみて初めてその重さが分かって。月々決まった収入が入ることのすごさを、今すごく身をもって実感しています。「有給すごいな」って思う。お金をもらいながら休めるなんて(笑)。
大型案件でつかんだ、フリーで稼ぐ足掛かり
── 2024年1月からHELP YOUでの活動をスタートされましたが、フリーランス未経験からの出発に不安はなかったですか?
バックオフィス業務の中でも、特にどの分野に適性があるのか自分でも見えていない状態だったので、不安はもちろんありました。ただ幸い、HELP YOUには、案件によっては実務経験がなくても応募条件と適性に応じて挑戦できる土壌があります。フリーランスとしての道筋をつけるためにも、事務処理、ライティング、マニュアル整備など、とにかく最初はできそうなことに手を挙げていきました。
転機になったのは、月60時間稼働という大型案件の公募に挙手し、チャレンジしたことです。仕事内容は結構複雑だったのですが、そこでの業務理解の速さが評価され、案件内で新たに巻き取った業務のマニュアル整備を任されることになりました。
そのマニュアルが「明快で分かりやすい」と評価され、さらに他メンバーへの連絡やクライアントとのコミュニケーションも認められ、その案件のリーダー的なポジションを打診されたんです。
── 案件のリーダーを打診されるに至るまでに、何か意識したことはありますか?
特に意識していたわけではないのですが、マニュアル作成にしても、オンラインコミュニケーションにしても、共通しているのは「読む人・見る人に意図が伝わるか」という視点です。これは研究員時代から自然と実践してきたことで、例えば研究プロジェクトの進捗プレゼン資料を作成する際にも、伝わる言葉選びに加え、文字の大きさや図表の配置といった見やすさにもこだわっていました。
こうした習慣は日頃のテキストコミュニケーションにも活きていて、メッセージを送る前には「これで自分の言いたいことが伝わるか?」と読み返すようにしています。自分の頭の中にある意図を、できるだけ具体的に言葉へ落とし込むことを大切にしてきた経験が、今の仕事にもつながっているのかもしれません。
── 自然と身につけてきた相手目線のコミュニケーションが、評価された理由の一つなんですね。その後、どのような役割を担ったのでしょうか?
その案件が終了するまでの数ヶ月間、リーダー的な役割を担ったほか、案件の責任者であるディレクター(DR)と連携して進行管理を行う「アドミン業務」も任されました。こうして少しイレギュラーな形でディレクション的なポジションを経験することになったんです。
実は、それをきっかけに正式にディレクターにポジションチェンジしないかと打診を受けました。私の現ポジションは実務を担うスタッフで、基本的には納品物に対して報酬が支払われる働き方です。一方で、ディレクターになれば、成果報酬に加えて固定報酬も得られます。
安定収入を築くうえで非常にありがたいお誘いでしたが、結局、その話は引き受けないことにしました。
安定収入は大事。でも自分の「やりたい」は見失わない
── なぜ、そのディレクターのお話を断ったんですか?
フリーランスとして自分が築いていきたいキャリアを考えたときに、ほかにリソースを使いたい仕事があったためです。確かにディレクターになれば収入増が見込めますが、案件の進行管理に加え、クライアント対応やスタッフのアサインなど多岐にわたる業務が発生し、今より多くの時間を割くことになるでしょう。
── ほかにやりたい仕事とは?
ライティングです。研究員時代から文章を書く機会はありましたが、記事の執筆自体は全くの未経験でした。それでも、HELP YOUで初めて挑戦し、実績を積み重ねるうちに「ライティングを仕事にしたい」という気持ちが次第に強くなっていきました。
言ってしまえば、自分のやりたいことを優先したということです。
── ライターとしての手応えを感じたきっかけは何だったのでしょうか?
HELP YOUが運営する「くらしと仕事」に書いた最初の記事ですね。私自身の地方移住の体験談をもとにエッセイを書きました。
未経験ながらも、それまで培ってきた知識やスキルを総動員しながら執筆したところ、思いがけず好評だったんです。論理的に筋の通った構成や、読み手の視点を意識した言葉選びなど、私がずっと大切にしてきたことが結果的に評価されました。
そこで「もしかしたら自分には文才があるのかもしれないぞ?」と思えたことが大きかったですね。それがなかったら、ライターを続けていこうとは思っていなかったかもしれません。
HELP YOUにはさまざまな案件があり、ときには未経験の分野にチャレンジする機会もあります。その際、その分野で経験を積んできたフリーランス仲間からフィードバックをもらうこともあり、そうしたやり取りを通じて、自分では気付いていなかった強みや新しい可能性に出会えました。
業務委託でありながら横のつながりがあるというか、感覚的には会社員に近い部分もあって。そのつながりこそが、HELP YOUの良さだと思っています。
▼岩下さんが初めて執筆した記事はこちら
慣れ親しんだ町を離れ、家族で移住。行き先に下川を選んだワケ
── HELP YOUでの経験を経て、活躍の場がさらに広がっているそうですね。
はい。HELP YOUでの実績をきっかけに外部からも定期的に声がかかるようになり、今では複数の案件を並行して担当するようになりました。
HELP YOU内では、新しく入ってきたメンバーの受け入れや業務開始に向けたサポート、退会対応などを担う運営サポートも任されています。こうした運営業務は継続的に発生するため、安定した収入にもつながっています。
HELP YOUで安定した関係性や仕事の基盤を築けているからこそ、外部案件にも積極的に挑戦できるようになり、現在の働き方が実現できているのだと思います。
岩下さんの仕事への向き合い方は、本人のnoteにも詳しくつづられている。
▶ 岩下さんのnote
脱サラして手に入れた、親子の伸びやかな移住生活
── 岩下さんは、お子さんが伸び伸びと過ごせる環境を求め、兵庫県神戸市から現在お住まいの北海道下川町に移住されていますよね。フリーランスとして大変なこともある中で、この町に移住してよかったと感じる瞬間はありますか?
移住前からベースは変わっていないのですが、より好き勝手できるようになった感じです。例えば、下川町には自転車で自由に走り回れるような開けた場所がたくさんあります。移住前に住んでいた神戸の団地では、どうしても周囲への気遣いや安全面で気を張る場面が多かったのですが、今はそういう窮屈さがなくなったのが親としてもすごくいいですね。
先日、旭川市へ行った時に、長女が「疲れた」って言ったんです。普段見ないような人の多さや車の量に、刺激は受けたみたいですが……。早く静かなところに帰りたい、静かな場所で好きなように遊びたい。そんな気持ちが、長女の中にはあるみたいです。
子どもたちが「ここがいい」と言ってくれる限り、ここにいようかなと思っています。
── 下川町ならではの暮らしも楽しんでいるそうですね。
まだ雪深い時期に、イタヤカエデという木からメープルシロップの原料になる樹液が採れるんです。その収穫のために、雪原を30分歩くこともあるんですよ!
フリーランスという選択。後悔はないけど、反省はある

ソリを引いて雪原を歩き、イタヤカエデの樹液採取へ
── 今後はどのような仕事に注力していきたいとお考えですか?
技術職の経験とライティングを掛け合わせた、自分にしかできない仕事ですね。AIが出てきている中で、自分じゃなきゃできないことに注力していきたいです。移住というキーワードで、個人での情報発信も見据えています。
── 同じようにキャリアチェンジを考えているパパへ、今の率直な思いを込めたメッセージをお願いします。
後悔はしていませんが、反省はあります。この道を選ぶ前に、もっと準備できることはあったと、今になって冷静に振り返っています。
例えば、会社員を続けながら、まずは副業で業務委託を始めてみて、軌道に乗り「これならいける」と見通しが立ってから独立するのも現実的な選択肢です。自分の場合は少し急ぎすぎたところがあったので。その方が、本人にとっても家族にとっても精神衛生上いいと思います。
家庭を優先すれば、当然仕事をする時間は減りますし、報酬も下がります。でも、今はそれも含めて納得して、この働き方を選んでいます。
もちろん、今後さらに稼ぎを上げていくことを諦めているわけではありません。これからも自分の活躍できる場所でどんどん力を発揮していきたいと考えています。
まとめ
柔軟な働き方の裏側にある、不規則さや収入の波。それでも、納期さえ守れば時間を調整できる働き方を選び、授業参観に行き、子どもと一緒に寝て、早起きして仕事をしています。きれいごとだけではない転身の先に、確かにある家族との日常。
同じプレッシャーを抱えながら、働き方を変えたいと思っているパパへ。フルリモートという選択肢は、パパにもあります。
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