点をたくさんつくれば、自然と線になっていく。デザイナーの宮田尚幸さんがデンマークで見つけたもの

「この国には何かあるような気がする」と感じたことから、デンマークでワーキングホリデーを経験し、そこでの人との出会いや体験から「福祉」をキーワードにした仕事をしている、デザイナーの宮田尚幸さん。その背景には、生きづらさと向き合ってきた長い時間がありました。

ライター

小笠原綾子
東京都北区在住。自分事と思える仕事や活動をしながら“複業”を実践中。ライター・編集者としてインタビュー記事作成や印刷物の制作をするほか、食をコミュニケーションツールに人と人をつなぐ場づくり、地域コミュニティ活動をしている。

「福祉」を感じるものごとにデザインを取り入れる

尚工藝 という屋号で、デザイナーとして働いています。『尚』は自分の名前から取っていて、“より一層”という意味。旧漢字の『藝』を入れたのは、“草木を育てる、長い年月をかけてものを育んでいく”という意味があって、それがすごくいいと思ったから。『工藝』にすると、“機能的なものに美的装飾を加える”という意味になるんです。それが自分のものづくりの根底にあって、そういうことにフォーカスしていきたいという想いから、この屋号にしました」

 

 と、一つひとつ言葉を選びながら話す、デザイナーの宮田さん。大学でプロダクトデザインを学んだあと、文房具メーカーで4年間働き、企画からデザイン、生産管理まで、ものづくりに関するほぼすべての業務を経験。その後、大量生産、大量消費への疑問から、環境に配慮し、質のよいものを手入れして長く使うことを重視した服飾雑貨ブランドを展開する会社に転職し、3年間デザイン開発に携わりました。

これらの経験を経て2018年に立ち上げた尚工藝の仕事について聞いてみると、ライスワーク(生計を立てていくための仕事)”と“ライフワーク(自分の好きなことを追い求める仕事)”の二つに分けて考えているとのこと。

 “ライスワーク”としては、商品のパッケージやビジュアルなどのデザイン、全体のブランディングをしています。これまでに引き受けた仕事の一つが、金属加工業の現場で働く人のための、保湿ハンドクレンジング(業務用手洗い洗剤)のアートディレクションとデザイン。

 

「もともと使われていた、手についたオイルを落とすための洗剤は、皮膚をそぎ落とすくらい強力なものだったんですが、現場スタッフが手荒れに困っていることに気づいたが『それをなんとかしたい』と思ったことからプロジェクトが立ち上がり、この保湿ハンドクレンジングが生まれました。そういった、困っている誰かのことをなんとかしようとする想いに『福祉』を感じて、引き受けさせていただきました

 

“ライフワーク”としては、デンマークにある杖の工房 Vilhelm Hertz(ヴィルヘルムハーツ)の一員として、その杖を日本に広めるための活動をしています。この工房でつくられる杖は、使う人に合わせて職人が一点一点ハンドメイドする、パーソナルなもの。杖を使いたいという本人だけでなく、可能な限りその家族にも会い、本人がどんな生活をしているのか、どのような経緯で現在のからだの状態になったのかを聴いているそうです。そのとき、作業療法士や理学療法士にも同席してもらい、計測したりその人のからだの状態を見たりしながら杖をフィッティングして、デンマークの工房でつくってもらいます。

 宮田さんは、地元の東京・大田区池上にあるカフェSANDO で、この杖の企画展などイベントを開催しています。オーナーが美術家と建築家で、店長がミュージシャンというこのカフェには、様々な職業の人たちが集うそうです。

 

杖が、そのコンセプトに共感してくれる人たちを引き寄せているといった感じですね。個人で働くようになってから、ものすごい数の人に会っています。こうして出会った人と人をつなぎたいんです。コラボレーションというか、この人とこの人がつながったら何か生まれそうだなと思ったら、すぐに引き合わせます。そういったつながりをつくっていくなかで、“ライスワーク”的な仕事が入ってくる、みたいな感覚ですかね

 

すべての仕事において宮田さんが大切にしているのは、「『福祉』を感じるものごとに、デザインを取り入れること」と、「100年後も残っていてほしい仕事かどうかを考えること」です。

“そのままの自分”を受け入れてくれる人たちとの出会い

宮田さんが福祉に関心をもつようになったきっかけについて聞いてみると、「元をたどると、幼少の頃から感じていた、生きづらさにあるのでは」と話してくれました。

 

 幼い頃から極度の“はずかしがりや”で、すぐ顔が赤くなって。今でも、そういうところはあります。授業中に落とした消しゴムを拾うことができないくらい、“はずかしがりや”でしたね。一人だけ違う動きをして、目立つのが嫌で。それで、指で全部消すんですよ、手汗で(笑)。黒板の前に出て書かなきゃいけなくなったらどうしよう…。そういう心配ばかりしていて、授業どころではなかったですね。当時は、『早く普通の人間になりたい』『どうしてみんなと同じようなことができないんだろう』と、ずっと悩んでいました」

 

その原因について知ったのは、大学生のとき。友人のすすめで病院を受診したところ、医師から社会不安障害(SAD)の可能性があると診断されます。このときのことを、「そういうことだったのかと腑に落ち、一皮だけむけたみたいな感覚だった」と振り返ります。

 宮田さんの意識を大きく変えたのは、新卒で入社した文房具メーカーを退職したあと、「一度でいいから海外に住んでみたい」という想いで実行した、イギリスへの語学留学。あえて、日本人がいない語学学校に飛び込みます。

 

 「イギリスでの生活で、『自分は結局、どこに行っても変わらない』ということを実感しましたね。日本にいても、そこから遠く離れた異国の地に飛んできても、パン!と性格が変わるわけじゃない。でも、語学学校で出会ったイタリア人やスペイン人たちはみんな、“そのままの自分”を受け入れてくれて。自分は、はしゃいで盛り上がるタイプじゃないけど、“そういうヤツ”って感じで、いつも誘ってくれる。人の顔色をうかがわなくてもいいし、コミュニケーションがストレートなところも自分には合っていました。とにかく居心地がよかった。『そのままでいいんだ』と思いましたね」

求めていたものはデンマークにあった

「イギリス留学から帰国する直前にヨーロッパの国々をまわり、デンマークを訪れたとき、『この国にだけは住める』と思ったんです。北欧の家具のあの心地よさ、幸福度が高い国だというところなど、いろんな観点からみて、『この国には、自分が求めている何かがあるような気がする』と感じていました」

 

 次に海外に行くときは働きながら生活したいと考えていた宮田さんは、2018年、30歳になったのを機に、ワーキングホリデーで1年間、デンマークに行きます。

 最初の半年間は、Egmont Højskolen(エグモント・ホイスコーレン)という、障害者と健常者が一緒に学ぶ、全寮制の学校で過ごします。「自分の人生のなかで、障害のある人とのかかわりがそれまでなかったし、障害がある人を目の前にしたら、自分がどう反応するのか知りたかった」というのがその理由。

 

「障害のある人とそうでない人が、生徒としてフラットな関係でいる感じがとてもよかったです。デンマークには『障害者』という単語がないくらい、障害のある人とそうでない人の区別がない国。自分がそれまで見ていた世界は、ものすごく狭い範囲のことだったということを痛感しましたね」

 

宮田さんは、胸から下が不随の学生のヘルパーをしながらこの学校で学ぶなかで、「この先の人生、福祉のフィールドにずっといたい」という気持ちが固まり、それまでの仕事で身につけた経験や知識を生かし、デザイナーとして、福祉に役立つものづくりができないかと考えるようになったと言います。

 運命的な出会いがあったのは、そんなタイミングでした。

 

「卒業を目前にしていたとき、コペンハーゲンで開催されていた国際福祉機器展に行ったら、そこにVilhelm Hertzが出展していたんです。その杖を見たとき、『見つけた!』と、雷に打たれたような衝撃が走りましたね」

 

後日、片道6時間かけて工房を見学しに行った宮田さんは、職人のものづくりに対する姿勢に感銘を受けます。そしてなんとか頼み込み、半年間、住み込みで働くことに。

 

「人間が使う道具は、自然の素材を使ったほうが身体に心地よいものになるという考えがあって、余計なエネルギーを使わず、環境にとても配慮している。それだけでなく、杖を使う人のことをものすごく考えています。人をサポートする道具だからこそ、その人が使いたいもの、その人のからだにフィットしたものを使うべきだろうと。『それこそが、本当のものづくりのあり方だ』と、強く感じました」

 

 職人との生活を通して、その人となりや工房から生みだされる杖に惚れ込んだ宮田さんが、「この杖を日本にも普及させたい」と願い出たところ、「お前がアジア担当だ。任せる」と言ってくれたそうです。

 小さくてもいいから、自分ができることを着実に

「デンマークという国は、まず先に自分から相手を信頼する、それで成り立っている国だと思います。人の信頼が循環しているから、社会とかビジネスの循環も、ものすごいい。杖の職人もそうでした。『たとえ短い間だろうと、お前だけの居場所、プライベートな空間が必要だろう』と、小屋を用意してくれたんです。正確に言うと、その小屋を一緒に建てることから始まったんですけど。いつまでいるかわからない外国人に、どうしてそこまでしてくれるのかと聞くと、『お前はもう家族の一員だと思って信頼しているから。自分が先に信頼しなければ、お前は俺のことを信頼できないだろう?』と言うんです」

 

と、宮田さん。信頼関係を築くベースになっているのは、「対話(dialogue)」だと考えています。

 

「デンマーク人は日常生活のなかでも、とにかくよく集まって『対話』していました。お互いの考えをシェアして、そのうえで、一緒に何ができるのか話し合うことが自然にできているんです。家族でも友達でも、職場の同僚でも、そこに人がいれば『対話』があると言ってもいいくらい」

 

 日常のなかに「対話」があるデンマークでの生活によって、「生きづらさが軽減された」と感じている宮田さんは、友人と三人でhuset(フーセット)という対話の会を、定期的に開催するようになりました。

 

「単純に、自分が生きやすい場所を身のまわりにつくったら、自分が幸せに暮らせますよね。それに尽きるなと。そして、家族や自分が住む地域の人たちが幸せだったらいい。ちっちゃい範囲でいいから、自分ができることを着実にしていきたいです。それが、誰かのためになったらいいですね」

 

最後に、これまでを振り返って思うことを聞いてみると、こう答えてくれました。

 

点をつくっていったら、それがあとから勝手に線になっていったという感覚なんです。何をやったとしても、自分が考えられる範囲のことだから、あとで勝手に結びつくというか。突拍子もないことだと思われても、『それ本当にやるの?』って言われたとしても、自分のなかから生まれ出てきたものだからとりあえずやってみて、“新しい点”をどんどんつくっていきたいです」

 

宮田  尚幸(みやた・なおゆき)さん

1987年生まれ。尚工藝主宰、デザイナー。福祉だと感じるものごとの商品のデザイン、ブランディングを行う。その傍ら、デンマークのハンドメイドの杖の工房Vilhelm Hertz(ヴィルヘルムハーツ)の一員として、その杖を日本に広める活動を行う。また、対話(Dialogue)の会や執筆活動を通して、デンマークの思想を自分なりに伝え、生きづらさを感じている人への小さな拠り所を作る場を模索中。

 

 

 

まとめ

「自分のなかから生まれ出てきたものならとりあえずやってみる」「自分が考えられる範囲のことだから、あとで勝手に結びつく」という宮田さんの言葉に、大きな意味を感じました。誰かの真似をするのではなく、自分の内面から出てくるものを大切にして、自分の頭で考えて選択したり判断したりすることが、“答えのない時代”といわれているなかで、とても大事なのではないでしょうか。