異業種からの転職、出産後の仕事がリモートワークで同時に実現!

最初は銀行事務、結婚を機にアパレル業とライフスタイルに合わせて異業種の仕事にシフトチェンジしてきた松坂千聖さん。お子さんを出産された後は、子育てとのバランスを取りながらできるリモートワークを始めました。困難な時期もあったそうですが、現在はディレクター職で活躍されています。その努力の足跡について伺いました。

ライター

鈴木せいら
札幌市出身。横浜国立大学大学院工学修士修了。2007年夏より、函館へ移住。制作会社でライティング・編集業務を行い、実用書・フリーペーパー等のコンテンツ制作を担当、2011年よりフリーランスに。現在、「HELP YOU」プロフェッショナルライター。理系の知識を活かしたサイエンスやアカデミー系の文章から暮らしにまつわるエッセイ、インタビューなど幅広く手がける。

キャリアのスタートは銀行事務。結婚後はアパレル販売員に転職

松坂さんは、最初はどんなお仕事をしていたのですか?

東京都内の銀行グループに就職、3年半勤めました。銀行事務の仕事はアナログというか、長年続いているやり方を守って進めていきます。紙と伝票の世界で、「マニュアルどおり正確に仕事をすること」が重視されていました。効率的には疑問を感じつつも、当時は私も就業時間内に正確にやるべき仕事をこなすようフォーカスしていたので、銀行事務に向いていたのだと思います。

退職されたのは、ご結婚がきっかけですか?

そうです、結婚のために退職しました。夫が午後から勤務に出る仕事で、私の銀行事務だと朝早く出勤して夕方退社。生活サイクルがかみ合わないので顔を合わせる時間がほとんどない状態になってしまいます。

ですから、結婚後はシフト制の仕事に転職しました。アパレル業で、昼ぐらいから23時ぐらいまでの勤務でした。

夜遅くまでの仕事だったのですね。

はい、その頃は朝方4時に寝る生活サイクルで。でも、睡眠時間はしっかり取ることができて、夫が平日休みの時は二人で遊びに出かけていました。その仕事は3年ぐらい続けました。

銀行事務からアパレルというとずいぶん違う業種ですが、楽しく働けていましたか?

職場の雰囲気も良くて、楽しかったです。接客業に少し苦手意識はありましたけど。私はアクセサリー担当で仕入れを任せてもらったり、売上管理も把握させてもらったり……。自分で選んだ商品を並べて、売り上げの数字を参考に「こうしたらどうだろう?」とディスプレイに工夫をする。その結果が見えるところに仕事の面白さを感じていたと思います。

 

リモートワークを探してHELP YOUに。時給で報酬が得られることに驚き

アパレルのお仕事を退職されたきっかけは何だったのでしょう?

3年ぐらい続けたところで、子どもができました。産休や育休にまつわる手当がなかったため退職しました。当時アパレル業界は大手の会社でも産休の制度が整備されていないと聞いて、驚いたことを覚えています。

お子さんが生まれてからも、何かしら仕事はしたいと思っていたのですか?

そうですね。子どもが成長するにしたがって、在宅でできる仕事をと思いインターネットで探し始めました。

HELP YOUの前に、他社のクラウドソーシングの仕事も体験しましたか?

1、2社ですが登録して、ライティングの仕事を数回やってみました。ですが、仕事にかかる時間に対して報酬が低くて。思っていたより仕事の募集自体が少なかったり。「もっと良い仕事はないかな」と並行して探す中で、求人サイトに出ていたHELP YOUの仕事を見つけたんです。在宅の仕事で時給制という求人が他にはなかったので、「えっ、すごい!本当かな」とびっくりしたんですよね。それで応募しました。

「もう続けられないかも」限界を感じた時、リーダーに相談して解決できた

チームに配属されて、HELP YOUの仕事が始まってみてどうでしたか?

仮採用の期間を経てチームに配属されたのですけど、最初は自分で文章校正の仕事に立候補しました。ディレクターからアサインされて仕事を割り振られるのではなく、まずは自分のやりたいこと、できることに立候補して担当する流れでしたね。

その校正の業務は数カ月間で終了してしまったので、次に入力業務を担当しました。

ご自分の中で、HELP YOUの仕事が生活サイクルに組み込まれてきたと感じたのはいつ頃でしたか?

それが、2017年の夏にHELP YOUに入ってから、秋、冬と子どもを見ながら自宅で仕事をしていたので、全然稼働できなかったんです。日中は無理なので、夜子どもが寝たのを見はからってパソコンに向かっていました。

うちの子が本当に眠らない子で、夜中に20回ぐらい起きちゃうんです。それに付き合いながら仕事をするので、自分の寝る時間がありません。仕事をしようとしたらまた泣いて、また子どものところに行って……の繰り返し。

お子さんがお昼寝したタイミングで、松坂さんも少し眠ることはできたのですか?

それがお昼寝もしてくれなかったんですよ。してもせいぜい15分ぐらい。

ですからあまり仕事ができなくて。事情を話して業務の件数を減らしてもらったのですが、最終的には「もう続けるのは厳しいな」と思いました。心も体もすり減ってしまったんですね。納期のあることだから終わらせなきゃいけないと思うけど、今日もやっぱり子どもが寝ない、全然仕事が進まない、気づいたら朝になっていた……という日々。

実家が近いのでたまに日中両親に子どもを見てもらって、その間になんとか仕事を進める状況でした。

大変でしたね。

本当に大変でした。当時はリーダーがチームを統括する体制だったので、リーダーに「このままだと続けていくのが難しい」と相談しました。そうしたら、いったんその業務を休ませてくれたんです。

その直後に、だめもとで申し込んでいた保育園に合格しました。同学年の子が7人ぐらいと小規模な園で、人見知りが激しい性格のうちの子どもには良い環境かもしれないと思い、1年間通わせることにしました。

子どもが保育園に通うようになると、自分の時間がしっかり取れるようになりました。また同時期にHELP YOU内部でディレクター職の募集があったため、興味を持って挑戦することに。

それで、ディレクターとして活躍する今の松坂さんがあるのですね。辞めずに続けられて良かったです。

新人メンバーが仕事を始めたばかりの初心を思い出させてくれた

ディレクターの仕事を始められて生活が変わったと思いますが、すぐに切り替えができましたか?

最初の半年ぐらいは、毎朝子どもが保育園に行きたくないと泣くので心を痛めつつ、自分もディレクター職が始まったばかりでいっぱいいっぱいで。その2つの気持ちと毎日向き合っていました。でも、園まで送って行ってしまえば仕事モードになるしかないので、切り替えるように心がけていました。あとは、時間の経過とともに慣れていった感じです。

ディレクターになられて2年 。ご自身で成長できたという手ごたえはありますか?

要領はもう分かっていると思います。でも、やはりまだまだ。何が正解かは分からないですし、自分のやり方が合っているのか迷う時もあります。

メンバー間の横のつながりも大きいと思っていて。最初の頃は内部に知り合いもいませんから、業務をお願いするにあたって誰に声をかけたらいいのか分からずそこで時間を取られてしまったことも。今は信頼できるメンバーさんができて、「この仕事はきっとあの人に向いているからお願いしよう」という判断がすばやくできるようになりました。リモートワークですけど、そういうつながりが嬉しいです。

仕事の中で、モチベーションになっていることは何でしょう?

モチベーションになっているのは、感謝の言葉をもらえた時。メンバーさんからもクライアントさんからもそうです。リモートで表情などが分からない分、言葉でもらえるとすごく嬉しいですね。

最近、刺激になった出来事がありました。先ほどお話したように、横のつながりで業務をお願いしちゃうことが多いのですけど、広く業務の募集を投げかけた時に新しく入られたメンバーさんが挙手してくれたんです。それでお願いしたら、皆さん熱意がすごくて。私も初心を思い出しました。業務の対応も良かったのでまたお願いしたいと思いましたし、「お仕事振ってくれてありがとうございます」という姿勢で。仕事をする喜びを実感してもらえたんだな、と嬉しくなりました。

素敵なエピソードですね。今後、挑戦してみたいと考えていることはありますか?

色々挑戦してみたいと思っていますが、10代の頃から「自分のライフワークを見つけたい」という思いがあります。進学した時も幼児教育系を選択したのですけど、それは青年海外協力隊に行きたいという目標があったから。

HELP YOUには既にライフワークを手にしている方、さまざまなスキルや経験を持っている方がたくさんいるので、刺激を受けると同時に励みになっています。

まとめ

フリーランスのリモートワークといえどもクライアントが一般企業である以上、納期の厳守や仕事のクオリティなど、会社に属して働いている場合と同じ厳しさがあります。あきらめずに仕事を続け、育児の大変な局面をひとつ乗り越えた松坂さんの体験談には、多くの方が共感するのではないでしょうか。普段顔が見えないからこそ信頼関係を大切に、働く喜びをシェアし合いたい。そういう松坂さんならではのライフワークが見つけられた時には、またお話を伺いたいと思いました。