ウェルビーイングの組織をつくるには? 幸福学の第一人者、前野隆司教授が解説【レポート】
「『働く』を通じて、みんなを幸せに」。株式会社ニットが掲げる企業理念です。
ニットでは、目に見えない「幸せ」を定量的に測る手段として、社内のメンバーを対象に「幸福度診断」を定期的に行っています。
2022年10月25日に、その基盤である「幸福学」の第一人者、慶應義塾大学大学院の前野隆司教授をお招きし、「幸せ」への理解を深めるためのオンラインセミナー「ウェルビーイングの組織をつくる10のこと」をZoomで開催しました。
働く人の「幸せ」を実現するために組織ができることは何か? 働く人自身ができることは何か? そのヒントをお伝えします。
目次
ライター
ニットが「幸福度診断」を行う理由
私たちは働く人の「幸せ」をかたちづくる要素の一つに、働き方を「選択できる」環境があると考え、2015年の創業以来フルリモートでの組織運営を続けてきました。現在は、35の国や地域でくらす500人が、オンラインアウトソーシングサービス「HELP YOU」の運営を支えるメンバーとして活躍しており、そのうち480人はフリーランスです。
でも、今の運営スタイルで、ニットで働くメンバーは本当に「幸せ」になっているのでしょうか?
そこで、株式会社はぴテックと前野教授が共同開発した「幸福度診断」を2021年9月より定期的に実施。回ごとの変化を追うことで定量的にメンバーの現状を把握し、組織改善に取り組んでいます。
「幸福学」とは?
今回のセミナーでは、前野教授より、幸福学の基礎や、人・組織が「幸せ」になるために今日から実践できることをお話しいただきました。その一部をご紹介します。
前野教授はエンジニアとしてキャリアをスタートし、もともとロボットの研究をしていたそうですが、そこから人間へと関心の幅が広がり、現在は「幸せ」を研究テーマに活動されています。人が「幸せ」に働くということや、人が「幸せ」にくらせる地域づくり、人に「幸せ」をもたらす製品・サービスづくりなど、あらゆる角度から「幸せ」について考えている研究者・教育者です。
『幸福学 × 経営学』『幸せな職場の経営学』『幸せな大人になれますか』など、「幸せ」をテーマとしたさまざまな著書を手がけています。中でも『幸せな大人になれますか』は中高生向けに書かれた本で、大人も手にとりやすい一冊です。この記事を読んで幸福学に興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。
幸福学を知る
幸福学には「Well-being(ウェルビーイング)」という概念があります。ウェルビーイングは「(身体の)健康」「幸せ・幸福」「福祉」の3つから成るものです。
ウェルビーイングは直訳すると「幸福」ですが、感情としての「幸せ(happiness)」だけを意味するのではなく、上記の3つが「健康(な状態)」であることを指しています。
幸福学において「幸せ」は「地位財型」と「非地位財型」に分類されます。
地位財とは、簡単にいうと金やモノ、社会的地位のことです。一方で非地位財は、安全な社会や健康な身体、良好な状態の心を指します。
地位財によりもたらされる「幸せ」は長続きしないとされています。「幸せ」を保つために次から次へと際限なく金やモノを手に入れなければならないからです。
そこで幸福学では、非地位財による「幸せ」を目指すことを推奨しています。
個人で幸福度を高める
では、幸福度の高い状態をつくることで、組織にとってはどんなメリットがあるのでしょうか?
2012年5月に「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載された研究によると、幸福度の高い社員は、通常と比較して創造性が3倍、生産性が31%高いことに加え、欠勤率は41%、離職率は59%低いことがわかっています(※1)。言い換えると、幸福度の高い社員は「仕事ができる」かつ「安定して長く勤めてくれる」社員であるといえます。
個人の幸福度を高める因子として、以下の4つが挙げられます。
- 自己実現と成長 (やってみよう因子)
- つながりと感謝 (ありがとう因子)
- 前向きと楽観 (なんとかなる因子)
- 独立と自分らしさ(ありのままに因子)
仕事でもプライベートでも、さまざまな事柄に挑戦し、ワクワクする何かを見つけることが幸福度の上昇につながります。
そして、個人のチャレンジを支えるのが周囲との「つながり」です。挑戦に失敗はつきものですが、励ましてくれる仲間がいれば前を向くことができます。
自分のやりたいことを見つけられないまま年齢を重ね、焦りを感じている方もいらっしゃるかもしれません。
前野教授は、やりたいことは「100歳までに見つかればいい」といいます。ご自身も「幸福学」の研究を始めたのは45歳の時でした。何歳になってもやりたいことは見つかると信じ、焦らずこつこつ行動するのが大切です。
組織で幸福学と向き合う
次に、従業員が「幸せ」に働ける組織のあり方について考えてみましょう。
個人が「やってみよう」「なんとかなる」とチャレンジするためには、組織の後押しや協力が欠かせません。個人が組織のつながりの中で心理的安全性(※2)を保ちながら、物事に主体的に取り組める環境づくりが重要です。
では、そのために経営者やマネージャーができることは何でしょうか? 前野教授の元によく寄せられるお悩みをベースに解説していきます。
Q:部下がいつも受け身で主体性がないのですが、どうしたら良いですか?
このような場合に、部下に対して「やる気を出せ」と言っても、なかなか状況は改善しません。大事なのは、対話において以下の点を意識することです。
- Listening(傾聴する)
- Respecting(尊敬する)
- Suspending(立ち止まる)
- Voicing(意見する)
自分の意見を述べる前にまず相手の話に耳を傾け、途中でさえぎらずに最後まで聞き、それから発言することを意識しましょう。
そのうえで、部下の意見を尊重し、任せることが重要です。他人から信じて任せてもらえて初めて、人は「やってみよう」と主体的に動けます。
反対に、一から十まで上司が事細かに指示を出し、その通りに動くことを強要すると「やってみよう」というマインドは失われ、「やる気が出ない」「やらされ感」「やりたくない」という気持ちが芽生えてしまいます。
Q:社内会議で沈黙が多くて悩んでいます。どうしたら活性化できますか?
発言がしづらい理由の一つに、会議の参加メンバーが自分の役割を理解していない状態が挙げられます。
メンバーが自分の仕事をつまらない単純作業だと思っている限りは、会議で発言するどころではありません。「目の前の仕事は何のためにあるのか?」「会社全社の中でどんな役割を担っているのか?」をきちんと認識することが、自分の意見を持つこと、ひいては会議での発言につながります。
加えて、メンバーにとっての心理的安全性を確保しましょう。そのためには、上司をはじめとした周囲の人々が傾聴する姿勢が何より大切です。特に、ブレストのような意見交換の場では、どんな案が出たとしても否定しないことを心がけると良いでしょう。
フルリモートでも幸福度の高い組織をつくるには
前野教授の講演の後に、ニットで組織全体の幸福度を向上させるために実践していることを、インナーブランディング/コミュニティマネージャーの西出裕貴より発表しました。
ニットでは半期に一度「幸福度診断」を実施しており、嬉しいことに、毎回一般平均を大きく上回る結果が出ています。
ニットでは幸福度向上のために日々試行錯誤し、以下のような点を工夫しています。
◆ 成功体験を積める場を提供する
メンバーの「やってみよう」という気持ちを育てるためには、小さな成功体験の積み重ねが必要と考え、その機会を意識的につくっています。例えば、ニットが運営するメディア「くらしと仕事」では、ライター未経験のメンバーも積極的に受け入れ、まずは記事を1本書ききることを共に目指しています。
◆ 話し合いのスタンスを知る
社内会議の場においては、①棚に上げる、②実現可能性を高める、③否定しないの3つを意識しています。「何かを良くしよう」「何かを生み出そう」という場において「自分を棚に上げて偉そうに語るな」という考えは、議論の邪魔になりかねません。揚げ足取りや否定をせず、あくまでも「やってみよう」を前提に考えることが議論の活性化につながります。
◆ 仕事以外で「つながる」場をつくる
雑談が生まれにくいオンライン環境では、メンバー間のやりとりが業務連絡のみになりがちです。そこで、スキルアップや趣味のオンラインコミュニティに加え、雑談を目的としたソーシャルカフェを運営しています。
相手を「幸せ」にする鍵は傾聴・共感・受容
最後に、セミナー参加者からZoomのコメントなどで頂いた質問と、その回答内容をいくつかご紹介します。
Q:「幸せ」は、不幸があるからこそ感じる相対的なものですか? 絶対的な幸福はありますか?
前野教授:両方あります。人との比較で成り立つ相対的な「幸せ」は「地位材型」の「幸せ」で、長続きしないとされています。人と比べるのではなく、自分の中での「幸せ」を見つけることがおすすめです。
Q:前野先生ご自身に幸福度の波はありますか?
前野教授:ほぼ一定の状態をキープしています。長い期間「幸せ」について考えていると、自分の中で幸福度が下がりそうな兆候を早期に発見し、すぐに対処できるようになりました。例えば、利己的な考えに陥りそうになったときは、意識的に人のためを思うようにしています。
Q:自分自身を不幸せだと思っている知り合いや家族がいたとして、「幸せ」になってほしい場合にどのようなアプローチ方法が考えられますか?
前野教授:まずは相手の話をよく聞くことでしょう。「相手の思考を変えたい」「『幸せ』になってほしい」という自分の思いはいったん横に置き、傾聴して共感を示すのが大切です。
人は「そのままでいい」と現状を肯定されると変わることができます。反対に、変わることを強要されると「自分を理解してくれていない」と殻にこもってしまう。まずは、ありのままの相手を受け入れることから始めてみてはどうでしょう。
まとめ
講義の中で、前野教授は「100人いれば100通りの『幸せ』」があると話していました。同様に「幸せ」な組織のかたちも、それぞれ異なるのではないでしょうか。この記事で紹介したノウハウを参考に、ぜひ独自のスタイルを見つけてみてください。
アイキャッチデザイン/今泉香織
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