「幸福大国」デンマークでの留学で見えてきた、仕事のかたちと働き方。「北欧てしごと教室」大野真理さんに聞く、自分らしい働き方とは?

今年9月、東京・新宿区にある小さな雑居ビルの中ではじまった「北欧てしごと教室」。東京のど真ん中であることを感じさせない、ほっこりとした優しい世界観で手仕事と手芸の魅力を発信するビジネスをスタートした大野真理さんにインタビューしました。

「北欧てしごと教室」は北欧刺繍をはじめ、インテリアのアクセントになるデンマークのペーパークラフトなど、さまざまな北欧の手芸・クラフトを学べる手仕事教室です。その代表を務めるのは大野真理さん。大学卒業後は弁護士として活躍し、リクルートグループに転職。キャリア街道を歩んできた大野さんはなぜ、北欧をテーマに自分の事業をスタートしたのか、聞いてみました。

インタビュアー(ライター)

森田有希子
編集とライターをしています。得意ジャンルは、女性のライフスタイルです。美容(オーガニック、スキンケア、エステ)、食(レシピ、お酒、健康フード)など。どうぞよろしくお願いいたします。

結婚をして、すぐにデンマークへ留学。背中を押してくれたのは夫でした。

仕事をしながら、半年間のデンマーク留学をしたのですか?

いいえ。大学卒業後まずは大手弁護士事務所に就職しました。その後、リクルートグループの法務部へと転職し、退職してから留学をしました。ですが、その前に、2週間の有休を使って同じくデンマークに短期留学に行っています。初めてデンマークに行ったとき、自分の中に稲妻が走ったような気持ちになりました。デンマークの教育の中心には、「自分で考えて、納得をしてから答えにいきつく」というコンセプトがあります。頭でっかちにならずに、まずはやってみるという考え方にとても感銘を受けました。いずれもっと長く留学したいとは思っていたのですが、結婚が決まっていたこともあり、子育てが一段落したら行けたらいいなという漠然とした思いを抱いていました。

 

1回目の留学は在職中で、2回目の留学は会社を辞めてから行かれたんですね

そうです。1回目の短期留学から戻って、働くうちに「自分が納得いく仕事で、かつメッセージを発信していけるボジションってなんだろう」と考えるようになりました。会社の雰囲気は楽しく、学べることも多かったのですが、自分の目指す方向とずれてしまっているのをどこかで感じていたのかもしれません。そう感じながらも日々の仕事にどっぷりと浸かった状態で、次第に余裕がなくなっていきました。それを察した夫が、「そのままじゃいつまでもやりたいことができないよ」とぼそっと言ったんです。それがきっかけになって、会社を辞める決意をし、留学の準備を始めました。結婚したばかりだったにもかかわらず、快く送り出してくれた夫にはとても感謝しています。

 

「とりあえず起業しよう」と思ったものの、何をすべきかもがいた留学生活

最初はグラフィックデザインを学んで、その後は手芸コースに通われて、アクティブな留学生活だったのですね。

思いきって留学したものの、自分がこれから何をやるべきか、はっきりとした答えが出ないまま、もやもやして、焦りもありました。昔から好きだったグラフィックデザインやイラストの仕事を個人でやっていくのもがいいかと最初は思っていたのですが、自分で事業を起こしたほうがいろいろと社会に向けて発信できるという思いもあり、起業するというという目標が定まっていきました。しかし、明確な答えは見つからないまま時間は過ぎていき、「どうしよう、どうしよう」といつも悩んでいました。

 

留学生活が終盤にさしかかった頃、デンマークの首都コペンハーゲンから電車で5時間の森の中にある手芸学校の短期コースに参加する機会がありました。そこで、手作りというのは、時間はかかるけど愛着のあるものが出来上がる。そういうほっこりとした世界観がいいなと感じました。冬が長く、家で過ごす時間が多いデンマークの暮らしから生まれた手仕事はとても素敵で、丁寧な暮らしぶりに憧れを感じました。

 

その手芸コースをきっかけに、起業のアイデアが生まれたのですか?

そうですね。起業のアイデア自体は会社勤めの頃もいろいろ考え、起業コンペに出したりしていたのですが、まだアイデアがふわっとしていたので、留学中にもっと磨き上げるつもりでした。留学先の学校では様々な課題があったのですが、色々やってみて、はっきりと分かったのは、自分は「手を使うこと」が好きだということ。

 

現代社会では生産性を上げるために、何でも効率よくこなすことが良しとされていますが、機械的になりすぎると、心が置き去りにされてしまう。そんなことを考えるうちに「人の温もりを感じられる居心地のいい暮らしを彩るきっかけとして、『手仕事』が提案できる場所を作りたい」という思いが強くなっていきました。

 

ゼロからの出発に不安に思う気持ちがないのは、すごい勇気ですね。

それは、「Learning by doing」(やりながら学ぶ)ということの重要性をデンマークでいつも教えられていたからかもしれません。学んだのはデザインや手芸ですが、学校で受ける教育の根底に、その考えがあったので、起業も同じ、とりあえずやってみようと思って、今もその最中です。

 

回り道をしてやっと見つけた、自分に心地よい働き方

素晴らしいキャリアを捨てたことは後悔していませんか?

全く後悔していません。もともと、弁護士になりたかったのは困っている人を支援して社会の役に立ちたいと思っていたからです。でも、法律上の支援だけでは、根本的な解決にはならない場面も多く、迷いが生じていました。それから何かをずっと模索していたような気がします。

では、働くよう社会人になってからずっと働き方を模索していたのですね。

もともとは、学生時代には、国連で働きたいと思っていました。高校のときにアメリカに交換留学をしたとき、貧困や格差の問題をとても身近に感じる機会があって、それを解決するには国連に入るしかない!と思っていたんです。国連に入るには専門性が必要なので、まずは弁護士を目指しました。司法試験に合格した後は、英語力を磨こうと思い、国連や海外の案件を扱う法律事務所でインターンもしました。この一連の動きは、今思えば、「人の暮らしを豊かにする」にはどうしたらいいかをずっと考えてきたからなんですね。起業をして、やっと、これまでの考えがひとつにまとまったような気がしています。

初めての起業、最初の一歩は手作りリノベーションから

素敵な場所作りは、全部手作りでやられたそうですね。

はい。一緒に留学した友達に手伝ってもらいました。デンマークの人たちは自分たちで家をリフォームして暮らしを作るのがとても得意。それを真似して、床の張り替えや壁のペンキなどすべて一からやりました。ホームセンターで木材とペンキを買って、少しずつ。学園祭のような楽しさがありました。

 

いちからの起業は金銭面でも大きな負担になりそうですが、いかがでしたか?

少しだけ起業資金は貯めていましたが、集客用のチラシやホームページ作りなどは、デンマークのデザイン学校で学んだ経験を活かしました。何もかもが初めてだったので、お金をかけないように、できることは自分で、友人にも手伝ってもらい出費を最小限に押さえました。

 

その他に工夫した点があれば教えてください。

たくさんの方に「北欧てしごと教室」を知ってもらいたかったので、Facebookの広告を活用しました。知り合いにもシェアをお願いして、たくさんの人の目に触れるようにしました。

 

手芸・手仕事の教室は大野さんが講師をされるのですか?

いいえ。留学時代に知り合った方などに声をかけて、お願いしました。現地の手仕事を学べる場にしたいと思っているので、今後はフィンランドやデンマーク人の先生にもお願いしたいと思っています。将来的には北欧だけでなく、いろんな国の手仕事や手芸、自由に物作りを楽しめる場所を目指しています。

 

取材後記

会社を辞めて、何かをやりたいと思いながらその答えが見つからない日々を留学先のデンマークで過ごした大野さん。孤独や焦り、葛藤などさまざまな気持ちがあったと思います。その経験をバネに、デンマークという地の素晴らしさを丸ごと吸収して立ち上げた「北欧てしごと教室」は、北欧に縁のなかった私も、ほっこり癒される気持ちになりました。何かを始めるときにある苦悩は、先の明るい未来があるからこそですね。手仕事をきっかけにたくさんの女性が輝く場ができるといいですね。

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