“多動的”に活動しながら、しなやかに生きる。コミュニティナースの山賀雄介さんが大切にしていること

訪問看護師であり、地域の人たちの暮らしの動線にいるコミュニティナースでもある山賀雄介さんは、かかわるコミュニティや居場所を複数もち、“多動的”に活動しています。その真ん中には、「人を元気にしたい」という想いがありました。

ライター

小笠原綾子
東京都北区在住。自分事と思える仕事や活動をしながら“複業”を実践中。ライター・編集者としてインタビュー記事作成や印刷物の制作をするほか、食をコミュニケーションツールに人と人をつなぐ場づくり、地域コミュニティ活動をしている。

“動く”ことで心身のバランスを保つ

「島根県の津和野町で地域おこし協力隊をしている人から、新型コロナウイルスの影響で、道の駅で売るはずだった山菜が行き場をなくしているという話を聞いたんです。このとき、『じゃあ、あるもの全部ください!』と言って勢いで買い取りました(笑)。島根で採れたものを東京で食べることってそうないと思うし、東京の人が島根のことを知るきっかけにもなるし、ものを届けるという行為によって、人とのつながりを再認識したり、安心と元気を届けたりすることができると思ったので」

と、山賀さん。コロナ禍で販路が絶たれてしまった上質な山菜を引き取り、自分のFacebookで知り合いに呼びかけ、友人や友人が経営する店など約30カ所に、自転車(一部レンタカーも使用)で配り切ったそうです。

「じっとしているのが苦手で(笑)」と話す山賀さんは、かかわるコミュニティや居場所を複数もち、パラレルに活動することで心身のバランスをとっていると言います。

居心地がよくないと感じたときに移れる場所をたくさんつくっておくことで、自分の心理的安全性を保っているんです。日常生活でも、居心地の悪いところには長居しないというのはありますね。小学生の頃に転校することが多かったせいか、まわりの雰囲気を敏感に感じ取ってしまうところがあるのかも

“多動的”である理由は、それだけではないようです。

「一つのコミュニティにだけ属していると、そこに風の流れがないというか、滞るような感じがするんです。僕がいろんなコミュニティに足を突っ込んでかき混ぜることによって、ヒトやモノ、情報などが循環して、そのコミュニティの文化や風土などが醸されたらいい」

その人の生活のなかに入って支えたい

そんな山賀さんの職業は、看護師です。なぜ、医療の道に進んだのか聞いてみると、

「中学・高校時代は、部活で陸上競技に打ち込んでいて、自分のからだを自分で整えることを学びました。高校生のときスポーツトレーナーという職業に興味をもち、理学療法士の資格が必要だと知りました。それが、医療の道に目を向けるようになったきっかけですね」

と教えてくれました。その後、「リハビリ職は“医師の指示のもと”が前提。ならば医師を目指そう」と考えます。

「引退するギリギリまで部活に明け暮れていたので、医学部に合格するわけもなく(笑)、一浪しました。この時期に、『本当は何がしたいんだろう?』とじっくり考えて、人と接することが好きだったこともあり、患者さんの一番近くで病気が回復するまでの過程を見守ることができる、看護師のほうが自分に合っていると思うようになったんです。祖父が入院したときに、とても親身になって看護してくださった看護師さんの姿が、印象に残っていたというのもありますね」

山梨大学で看護について学び、卒業後は看護師として病院で働いたあと、通所介護施設や地域包括支援センターなど、在宅・地域医療のフィールドに移ります。そして現在は、二カ所の訪問看護ステーションに所属し、在宅医療が必要な人を支援しています。

病院ではなく地域をフィールドにするようになったのは、こんな理由からだそう。

「病院では、患者さんとの関係を築いてもすぐに退院される方が多く、その後どうしているかが見えなかったり、状態がよくなって退院したのにすぐに再入院されたりする方がいて、自分のなかで、病院のあり方にモヤモヤを感じていました。でも、訪問看護や在宅・地域医療の領域では、その人たちが“生活しているところ”に僕たちが入っていくので、本人主体でじっくりかかわることができます。そっちのほうが、僕にとってしっくりきたんです」

地域コミュニティのなかに活動の場を求めて

「楽しんでいるうちに、結果的に健康について関心をもってもらえたらいい」と考えている山賀さんは、勉強会や異業種交流会に積極的に参加し、そこで出会った仲間たちと、渋谷ナース酒場 というイベントを開催するようになります。「ナース×ビール×健康」という、ギャップのある要素を盛り込んだこのイベントは、病気になってからではなく元気なうちから、“健康であることは当たり前ではない”ということを知ってもらい、楽しみながら健康問題を自分ごととして考えてもらうきっかけづくりを目的に企画したもの。

そして渋谷ナース酒場を開催していくなかで、山賀さんのなかに変化が生まれます。

イベントって、“ハレ”(非日常)を楽しむものですよね。でも、本当に来てほしい人たちは“ケ”(日常)のなかにいる。そんなことを考えるようになって、『渋谷ナース酒場』を自分のなかでアップデートさせたい、日常にある場所というか、地域コミュニティのなかで何かできたらと思うようになり、コミュニティナースの講座を受講しました」

では、コミュニティナースとは、どんなことをする人なのか。

「病院は、病気になって初めてかかわれるところ。訪問看護は、病気や障害によって医療や介護が必要になったときに自宅で受けられるサービス。どちらも国の制度の枠組みのなかでしか、かかわれない。それに対してコミュニティナースは、どんな場面でも、相手も自分もワクワクする“おせっかい”をすることで、結果的にまちが元気になっていくかかわりをする。こうしなきゃいけないという、決まった形はないんです

コミュニティナースとして何ができるか模索していた2019年3月、実家の近くの商店街に、コワーキングカフェ おとなりstand & works (東京都板橋区)がオープンすることを知ります。山賀さんはカフェの店主に、「ここで、地域の人たちが健康や命の大切さについて考えるきっかけをつくりたい」と話したところ、週末の人手が必要なときに、店を手伝うようになったそうです。

「カフェではなるべく、看護師だとは言わないようにしています。お客さんから、『身体の調子が悪い』とか『介護保険サービスを利用したいけど、どうしたらいいかわからない』などの話が出てきたら、相談に乗るといった感じですね。何か知りたそうなときにだけ、『こういうのありますよ』と伝える距離感を大切にしています。こんなふうにかかわる入り口を変えるだけで、その方との関係が違ってくるんです

勝手に面白がることが、誰かのためになったらいい

まさか、地元でこんなふうに活動することになるとは、想像していませんでしたね。中学・高校時代は、通学で商店街を毎日通っていても、どんなお店があるかなんて気にしていなかったし。大学時代は山梨に住んでいて、東京に戻ってきてからは、実家を離れて一人暮らしをしているので」

と、山賀さん。コミュニティナースとして活動するコワーキングカフェで知り合った人たちとかかわるなかで、地元愛が芽生えていったそうです。

「実家がある板橋区や、今僕が住んでいるその隣の北区、近隣の豊島区、荒川区、足立区の5区を“ノーストーキョー”と呼んで、横でつながってみんなで面白いことをして盛り上げようという動きがあるんです。僕も“ノーストーキョー”で、楽しいことをたくさん仕掛けていきたいと考えています

そんな想いと、仲間が商店街で経営する飲食店を、コロナ禍のなかでも盛り上げたいという気持ちから、“ノーストーキョー”の活動でつながった人たちと一緒に、ある試みを実施しました。

「飲食店で食事をすると、食べた人からお店の人へのフィードバックがありますよね。『おいしかったです』とか『ごちそうさまでした』とか。でも、テイクアウトだと、お弁当を売ってお店にお金が入るけど、感情はお店の人には届かない。そこで、お弁当を買った人の感謝の気持ちを、お店の人に伝える機会をつくってみました」

仲間うちでFacebookグループをつくり、数量限定でお弁当を受注。その店がある商店街は江戸時代に宿場町として栄えたという歴史や文化的背景がある場所であることから、それを感じてもらう仕掛けをして、友人と3人でお弁当を自転車でデリバリーし、その様子をZoomで中継。そしてお弁当を食べた人たちから、「ごちそうさま」の言葉やコメントを投稿してもらったそうです。

「いろいろと反省点はありますが、参加してくれた人たちは楽しんでくれたみたいです。自分が勝手に面白がってやることが、まちの人を元気にすることにつながったらいいですね」

モノや感謝の言葉で価値の交換をする

東京だけでなく、地方にも多くの知り合いをもつ山賀さんは、広島県呉市の久比を拠点とする一般社団法人まめな のプロジェクトにもかかわっています。

「広島県にある三角島という人口約30人の離島には、医師が駐在していないんです。そうした事情から、島民みんなで支え合って健康に生活できる環境を自分たちの手でつくっていこうというプロジェクトがあって、そのためには、コミュニティナースのような存在が必要だということから声をかけていただいたのがきっかけで、かかわりはじめました」

「めちゃくちゃ夕日が綺麗なんですよ」と、三角島について話す山賀さん。波の穏やかな瀬戸内海に囲まれ、自然がいっぱいの環境のなかで、ゆったりと暮らすその島の人たちの生活を見て以来、つくづく感じていることがあると言います。

そこに住む人たちのほとんどは自分の畑をもっていて、育てた農作物を近所の人と分かち合う『物々交換』をしています。それって、すごく豊かなことだなって。『物々交換』だけでなく、何かを手伝うことや『ありがとう』という言葉を返したりすることによって、お金ではないもので価値の交換ができれば、最低限の現金収入で生活できるのではないかと。

すべてをお金で回していると、何かの事情で収入が断たれたとき、途端に生活が成り立たなくなってしまいますよね。精神的にもしんどくなって、命を絶ってしまう人もいます。でも、ちょっとでも地域の人とつながっていれば、“おせっかい”な人たちが助けてくれたりします。自然災害などが発生したときにも助け合える。そういう環境を、どうやったら“ノーストーキョー”にインストールできるか、考えているところです」

最後に、最終的に目指していることがあるか聞いてみると、こう答えてくれました。

「実は、揺れ動いているというか、常にアップデートされている感じなんですよね。もしゴールが見えたとしても、寄り道をするかもしれないし、諦めるかもしれないし、やっぱり目指してみようと思うかもしれない。頑張りたいときに頑張ればいい。それでいいと思います

                                                         (2020年5月24日、Zoomにてインタビュー)

山賀  雄介(やまが・ゆうすけ)さん

1985年生まれ。訪問看護師、コミュニティナース。看護師である前に一人のまちの人間として、「渋谷ナース酒場」やペットボトルを使った「CPRトレーニングボトルプロジェクト」にかかわったり、カフェで店員として過ごしたりすことでまちに潜り込み、まちの人が“おもしろおかしく”健康的な生活を送れるように“おせっかい”をして、まちを元気にしている。

まとめ

パラレルに活動する山賀さんの軸にあるのは、人が楽しく健康に暮らすことを大切に考える、コミュニティナースとしてのマインドです。そして山賀さんが自分らしく軽やかに活動することによって、ローカルな情報が運ばれたり、本来なら出会うことがなかった人と人がつながったりしているのではないでしょうか。