築100年の古民家で暮らすヒビノケイコさん流「くらしと仕事」のつくり方
高知県の山奥に移住して9年、子育てをしながらお菓子のネットショップやカフェを開業したり、田舎暮らしの様子をブログや本で発信されているヒビノケイコさんのお話を紹介します。
3月22日、女性が「生き方・暮らし方」を考えるためのイベント「ワタシクリエイトCAMP 2016 Spring」(主催:ワタシクリエイト・アトリア)に登壇されたヒビノケイコさんのお話を聞いてきました。
目次
インタビュアー(ライター)
出産を機に本当に住みたい場所を求めて田舎に移住
ヒビノさんは芸大生時代に京都郊外のお寺を借りたところから田舎暮らしをスタートさせ、出産を機に旦那さんの故郷の高知県嶺北地方の古民家に移り住み、現在9年目。講演では、移住後に自分ならではの仕事を作る方法や、移住して幸せな暮らしを手に入れるために必要な考え方などが、語られました。
芸大時代、作ることや表現することはすごく好きだけど、賞をとることには興味がなく、美術館や展覧会に作品が置かれるよりも、日常の中でみんなに見てもらえるような表現をしたかったというヒビノさん。将来に関しては、アート業界を志すことには違和感を感じていて、「表現と社会と仕事を掛けあわせたらどうなるかな」ということを考えていたそう。
photo by Masanao Matsumoto.
その答えを見つけるため、大学の中にとどまらずいろいろなところに行くようになると、若手農家、アーティスト、起業家など、自然と一緒に暮らすカッコいい人たちに出会います。そしてヒビノさん自身もそのような暮らしを実践しようと、お寺を借り、畑を作ったりして暮らすようになったそうです。
そのお寺よりもさらに山奥の高知県嶺北地方に移住することになったきっかけは、子どもができたことでした。旦那さんの故郷であるその場所は、初めて行った時は「この先にまだ家があるの?」と驚いたくらいの田舎。でも「この先どこで過ごしたいか」を真剣に考えた結果、ここで暮らしたいという結論が出たのだそう。
「親が地域で一生懸命に暮らし、仕事も自分で作っていく姿を子どもに見せたいと考えて、やっぱりここで、と思ったんです」(ヒビノさん)
住まいは、旦那さんのひいおばあちゃんの代まで住んでいて、20年くらい空き家になっていた築100年以上の古民家です。
移住先ならではの仕事を考え、お菓子工房をスタート
「ぽっちり」とは土佐弁で「ちょうどいい」という意味です。移住後、ヒビノさんは「ぽっちり堂」という通販のお菓子工房を始めました。でも、最初から「お菓子屋さんをやる」と決めて移住したわけではないそうです。
「元々食べることが好きで、地域の良さと、自分ができること、お客さんが喜んでくれること、それをかけあわせたらどんな形になるかなと考えていて……。でも地域に何があるかは行ってみないと分からないので、行ってから考えました。
高知県はすごく素材がいいんですよね。京都でもオーガニック系のいい野菜は売っているんですが、カボチャが千円とかするんですよ。『千円もするものを私は買うべきかどうか』と悩む(笑) 高知だとそういうものが道の駅なんかで普通に何百円で売っていて、平飼い卵なんかも特別な感じではなく普通にある。その『普通さ』がすごくいいなと思って、そういうものを活かしたくて『お菓子』というものを選びました」(ヒビノさん)
最初の3年くらいはそれでは食べていけない状態だったといいますが、もともと「人に何かを伝える」ということが好きなヒビノさんは、田舎で暮らしていることで得られる情報を伝えたいと、冊子や手紙、メルマガなどで情報発信しているうちにファンができ、「ケイコさんがやってるから」と買ってくれるお客さんが増えてきたそうです。また、お菓子作りに関しては素人だったことも逆手にとって活かしました。
「パティシエじゃないというのは弱みでもあり強みでもあるんです。私はただのお母さんで、ちょっとお菓子作りが好きなというくらいの人。でもお母さんとして子どもに食べさせたいものは何かとか、そっちから発想するようにして。内祝いや結婚式のギフトを展開したり、素材もできるだけ安全で子どもさんにも優しい味、というのをやっています」(ヒビノさん)
移住後1年は寂しくて泣いた
しっかり地域に根をはって生きてきたように見えるヒビノさんですが、移住してから1年くらいは寂しくて泣いて暮らしていたそう。
「移住って物件とか地域の雰囲気とかで選ぶ人が多いですけど、見逃しがちなのが『人』なんです。私は移住してから『人って環境だ』と気付きました。世間話をできる人はいっぱいいるんですよ。でも、子育てのこととか移住して困ったこととか、世間話以上の話をしたいじゃないですか。都会って、自分と趣味の合う人とか気の合うコミュニティが見つかりやすいので、京都にいた時はそういう仲間がいた。でも、田舎はそういうものがない場合もあるので、今から移住する人は、どういうコミュニティがあるのか、どういう人が暮らしていてどんな活動しているのか調べてから行ったほうがいいですよ」(ヒビノさん)
「泣いて暮らしていても何も変わらない」と気づいたヒビノさんは、旦那さんと移住支援活動を始め、今では年間40組くらいの方がやってくる地域に。仲間が増えて暮らしやすくなったそうです。
幸せな移住生活のスタイルはひとそれぞれ
その後ヒビノさんはカフェも開業し、県外からもお客さんを集めるほどの人気店になり、大成功します。ですが、そのカフェは4年ほどで閉店。それは、ヒビノさんの暮らしにおける優先順位と、エネルギーの注ぎどころを考えた末の決断でした。
「お金のことだけじゃなくて、自分の体力や生活のことも、バランスを考えながらやるのも大事です。カフェをやっていたときは、子どもとの時間が本当にとれなかったんですよね。土日も営業なので全然遊べなくて。それは大丈夫だと思ってやってみたんですけど、やってみたら大丈夫じゃなかった(笑)」(ヒビノさん)
ヒビノさんにとってそのカフェは自分の理想の空間だったし、経営的にも成功していたけれど、それは思っている以上に肉体労働。やってみて初めて「向いていない」と気づいたそうです。現在はカフェは閉め、通販の部分は人に任せて、執筆や講座の活動を中心にされています。
photo by Masanao Matsumoto.
「身体はひとつなので、有限性の中での最大限を選ぶということをいつもしています。特に女性は子育て・仕事・暮らしというのが全部あって、その中でバランスをとっていかないといけない。私はいつも思うんですけど、(がんばりすぎて)恐い女性にはなりたくないんですよ。でも、がんばらないとそれなりのものはできないので、どういうがんばり方をしたらいいんだろうと迷います。そこをみんなで見つけていきたいですよね。そのために必要なのが優先順位の付け方とか、今自分が大事に思っているものは何かとかを考えることです」
同じ田舎への移住でも、人によって合うスタイルがあるというヒビノさん。旦那さんは地域にどっぷり入り込んで過ごしている一方、ヒビノさんはときどき都会にも出て行くという「移動」のある生活が合っている。そういうことが可能になる仕事を選んだそうです。
暮らし方についても、最初はストイックに自給自足に近い生活を目指したけれど、やり過ぎるとしんどくなることが分かり、試行錯誤をしながらちょうど良いやり方ができるようになったとのこと。
「その象徴が古民家です。美しくてすごく憧れがあったんですけど、暮らし始めると大変でした。100年位経っているので、天井の上には100年分のほこりが積もっていていつもそれが落ちてくる。土壁の土も落ちてきて、それが耐えられないんです。10人くらい住める広さを掃除するのが大変で……。そうしたらある時うちの親が『あんたに必要なのはこれや』と(ロボット掃除機の)ルンバをくれたんです。使ってみたら、生活にすべての時間を費やしていたのが、ちょっと仕事もできるようになって、『こういうのって大事なんや』って思いました。田舎に住むというのは、現代的なものと昔ながらのものをどうやって統合していくかということでもあるので、味気なくなりすぎないように、いろいろ工夫してやっています」
何かを始めるときは最高のバージョンと最悪のバージョンをイメージしておくこと
photo by Masanao Matsumoto.
会場には、田舎に移住をしたいという人も多く、ヒビノさんはそのためのアドバイスもたくさん話してくださいました。
例えば、「都会の一軒家で暮らすのとは全く意味が違って、田舎で暮らす場合の『家』はその土地や集落も含めての『家』だと思わないと暮らしていくのは難しい」ということ。草刈をしたり運動会に出たり、その土地での活動も大事にしつつ、自分なりの暮らし方ができる働き方が大事なのです。
「移住とか2拠点居住とかで一番失敗するパターンは、誰かがどうにかしてくれるとか、あの人が薦めたからとか、自分の責任にしない人です。自分で自分の暮らしを作ると決めて地域に入っていく自律系の人はうまくいく傾向があります。田舎って想定外の連続で、価値感や文化が違うので『えっ』と思うことがたくさんある。そこにいる人に敬意を持ちながら話をして、新しい道を作っていけるような柔軟さや行動力も大事ですね」(ヒビノさん)
感性にしたがって動いてきたかのように見えるヒビノさんですが、実は非常にロジカル。何かを始める時は、「最高のバージョンと最悪のバージョンをイメージしておくのが大事」とアドバイスします。カフェを始める時も、もしうまく行かなかった場合の赤字額はこれくらい、という数字を出して夫婦で話しあった結果、「それだったら何年かかけて返せるね」ということが見えて、思い切って始めることができたそうです。
なお、ヒビノさんと旦那さんが関わっている移住支援の移住支援NPO「れいほく田舎暮らしネットワーク」では、4人家族が田舎で生活する場合の1ヶ月の生活費を試算して紹介しています。
これを見ると、都会の生活と比べて支出が少ないため、都会にいる時ほど稼がなくても大丈夫かもしれない、といったことが分かります。こういった情報収集と、実際にその場に行ってみて自分に合うかどうかを感じ取ることが、田舎暮らしの準備として大事になってくるようです。
自分という資源を掘り下げていく方法
「ヒビノさんだからできたんですよ」と言う人は多いけれど、「そんなことはないので、参考にしてほしい」とヒビノさん。
会社員や公務員なら安心ということではなくなっている今の世の中では「自分という資源」を元に生きていくしかない。自分には資源なんてない、資源どころか制約があると感じてしまうような状況でも、いかに自分という資源を掘り下げていくか、ヒビノさんはその視点を教えてくださいました。
例えば、「この状況だからできない」ではなく「この状況だからできることって何かな」と考える。ヒビノさんの場合は子どもがいて、地方で、就職したこともないからスキルもキャリアもない。でも、その経験を発信することがみんなのヒントになるだろうと考えたことが、今につながっているのです。
また「好きこそものの上手なれ」で、「頼まれてもいないのにずっとしていること」や「子どもの頃の夢」、「人からほめられること」などを振り返ってみると、自分にできることが見えてくると教えてくれました。
最後にヒビノさんは、「自分から幸せの波紋を広げるような、そんな生き方ができたら素敵ですよね」とお話をしめくくりました。まずは「自分」を起点に自分にこそできることを考え、行動を起こし、感じ取っていく。これがヒビノさんの成功の秘訣のようです。
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