【年表付】働き方改革関連法で何が変わるのか―その歴史と恩恵、問題点を探る
4月1日から「働き方改革関連法」が順次施行されています。しかしながら、「有給休暇の取得が義務付けられる」「残業時間に上限が定められる」といった断片的な情報は耳にしていても、何がどう変わるのか、自分にどう関係があるのかなど、詳細を知る機会はなかなかないのではないでしょうか。そこで、働き方改革関連法の概要と働き手への影響、さらに法律が制定されるまでの背景などをまとめてみました。
目次
ライター
「働き方改革」の趣旨とは
厚生労働省は働き方改革について、「働く方々が、個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を、自分で『選択』できるようにするための改革です」と説明しています(1)。そして、そのための方策として「長時間労働の是正」や「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保」といった具体的な措置を講じるとしています。
働き方改革といえば「実際の労働時間や労働日数が少なくなる」といった面ばかりが注目されますが、その根底には「働き手が自分で働き方を選ぶ」という精神があることをまず踏まえておきましょう。つまり、子育て世代でも高齢者でも、あるいは何らかの事情によって短時間しか働くことができない人も、その他どんな人でも「働きやすい」社会の実現を目指すのが働き方改革の趣旨といえるでしょう。
この記事では、「働き方改革関連法」が働き手にどんな影響を与えるのかを具体的に考えていきますが、その前にまず、「働き方」をめぐる社会情勢やそれに対する政府の動きなどをざっと振り返っておきましょう。この法律が生まれた背景を知ることで、働き方改革の必要性や意図がより理解しやすくなるからです。
バブル期に表面化した「過労死」
1986年から始まったとされるバブル経済は、日本に空前の好景気をもたらしました。株価や地価が上昇し、それによって個人や企業が持つ資産の価値が上昇したため、金融機関による融資もどんどん膨らみました。大規模なリゾート開発や都市再開発がどんどん推進され、強引な手口で土地を買う「地上げ」や、不動産転売で利益を得る「土地ころがし」といった現象も生まれました。
ほとんどの業種がバブル景気の恩恵に預かり、それにともなって労働者の給料も上昇。ボーナスが年4回あったり、新入社員でも半年分ボーナスがもらえたりしたという話も珍しくありません。ほかにも、「接待費が使い放題だった」「経費でいくらでもタクシーを使えた」「タクシーがつかまらず、1万円を振ってタクシーを止めた」など、この時代にはまさしくバブリーなエピソードが山ほどあります。
今から考えるとうらやましい時代ですが、光があれば影もあります。実は、「過労死」という言葉が国内外で知られるようになったのもこの頃だといわれています。労働者の賃金が上がったのは、それだけ仕事の量が多かったことの裏返し。就職戦線は完全な売り手市場になり、「説明会に行っただけで交通費として万札がもらえた」「OB訪問したら豪華な食事で接待された」という嘘のような話も。それくらい企業は人手不足に悩んでいたのです。
この時代を象徴するのが、ドリンク剤「リゲイン」のCMソング。勇ましいメロディーに乗せて時任三郎さんが歌った「24時間戦えますか」というフレーズは、1989年の流行語に選ばれました。発売元の三共(現在の第一三共)には「オンとオフを使い分けて戦おう」との意図があったようですが(2)、多くの人々は時代の空気によって「24時間働くくらいの気構えで仕事に望まなければ」と受け止めたようです。現代とは違い、「公私の別なく働く」「朝から晩まで会社のために尽くす」ことがビジネスパーソンのかっこいい姿、ないしは美徳とされるような風潮がありました。
(2)24時間戦えますか」が消えた理由は? 流行語が生まれる4ポイント
バブル崩壊後に起きた悲劇
とはいえ、こうした空気に流される人ばかりだったわけではありません。早くも1988年には、医師・弁護士・その他専門家の連携により、「過労死110番」が発足。過労問題に悩む一般市民からの相談を受け付ける取り組みが始まりました。
ところが1991年にバブルは崩壊。日本経済は、後に「失われた20年」と称される長期低迷期に突入しました。金融機関の多くは巨額の不良債権を抱え込み、できるだけ新たな融資を行わない「貸し渋り」や、既存の融資を引き揚げる「貸し剥がし」を積極的に行って経営安定化を図ろうとしました。
これによって多くの企業は突如として苦しい立場に置かれるようになり、倒産が相次ぎました。かろうじて生き残った企業も、社員を解雇する「リストラ」や新規雇用の抑制による人員削減を余儀なくされました。
働き手が少なくなれば、当然1人あたりの仕事量は増えます。つまり、人手不足で長時間労働を強いられるバブル時代が終わったと思ったら、今度はさらに労働者にとって厳しい時代がやってきたのです。この時代はどの企業も採用を抑制していたため、もし会社を辞めてしまったら再就職もままなりません。このような「会社に残るのも地獄、辞めるのも地獄」といった状況のなかで、ある悲劇が発生しました。
この年、国内最大手の広告代理店「電通」の男性社員(当時24歳)が自宅で自殺する事件が起きたのです。男性の遺族は電通に対して損害賠償を求めて裁判を起こし、最高裁まで争われました。裁判で明らかになったのは、異常なほど過酷な労働実態でした。
当時の電通では長時間の残業が常態化しており、残業時間を実際より少なく申告することも当たり前でした。男性も入社1年目から朝方まで残業するようになりました。自殺する前月の1991年7月頃には帰宅しない日が多くなり、帰宅しても朝7時頃に帰って1時間後には再び家を出るといった生活が続くようになっていたといいます。
最高裁はこうした事実をもとに、男性の自殺について電通の責任を認める判断を下します。判決文には、「使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と記されました。過酷な環境のもとで働いていた労働者が精神的に追い込まれて自殺した場合、使用者(企業)が損害賠償責任を負うとしたこの判決は、画期的なものとして社会に受け止められました。当時はまだ、精神疾患やそれによる自殺が労災と認められる例はほとんどなかったからです。
「時短」推進も“笛吹けど踊らず”
こうした状況に対して、政府が何の対策も打たなかったわけではありません。電通過労自殺事件が直接のきっかけになったわけではありませんが、事件翌年の1992年には「時短促進法」を制定し、事業者に労働時間の短縮を計画的に進めるために必要な措置を講ずるよう求めました。
法律制定当時、日本の労働者の年間総実労働時間(平均)は2000時間を超えていました。法律ではこれを1800時間にまで減らすことを目標とし、完全週休二日制の採用などを企業に求めました。やがて日本の年間総実労働時間は1800時間前後となり、この目標は達成されたかに見えました。ところが、そこには統計の落とし穴があったのです。
年間総実労働時間として集計された「1800時間」という数字は、フルタイムの労働者(正社員)と短時間労働者(パートタイム)を合計した値でした。つまり、非正規雇用などの短時間労働者が多くなればなるほど、どんどん見掛けの数字は減っていきます。実際のところ、フルタイムの労働者だけに限定すると、労働時間は2000時間以上でほとんど変わっていませんでした。
そこで政府は、2006年に時短促進法を改正した「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」を制定。労働時間に関して一律の目標を掲げるのではなく、多様な働き方に対応したものに改善するための自主的な取り組みを事業者に求めるとしました。
「多様な働き方」というワードは、今年から施行が始まった「働き方改革関連法」と共通しています。10年以上も前に「多様な働き方」が国によって提唱されていたのか、と驚くかもしれませんが、この法改正によって目立った成果が上がったわけではありません。なぜならこの法律は、あくまでも企業に自主的な努力を求めるものにすぎず、違反したからといって罰則もなかったからです。
厚生労働省も同じ2006年に、「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」と題する通達を出します(3)。2002年に出した同名の通達に替わるもので、各都道府県の労働局長に対し、「時間外・休日労働時間の削減」「年次有給休暇の取得促進」「労働時間等の設定の改善」「労働者の健康管理に係る措置の徹底」の4点を企業に指導することを各都道府県の労働局長に求める内容です。
ところが、それでも事態はあまり改善されませんでした。そんな状況を受けて2013年には国連の社会権規約委員会が長時間労働や過労死問題の改善と対策を日本政府に勧告。同委員会は「多くの労働者が非常に長時間の労働に従事し、過労死が発生し続けている」と日本の現状を指摘し、長時間労働を防ぐ措置の強化や、労働時間の制限に従わない事業者への制裁を強く求めたとされています。
こうした動きが国会議員や政府を動かし、2014年に「過労死等防止対策推進法(過労死防止法)」が成立します。これは、「業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺」も過労死に含まれると明文化した画期的な法律であり、国、地方公共団体、事業主、国民のそれぞれに過労死を防止するうえでの責務を規定しました。この法律に基づき、過労死防止のための具体的な対策や数値目標も定められました。ところが、またしても悲劇が繰り返されます。
過重労働によって繰り返される悲劇
2015年12月、電通の新入社員だった女性(当時24歳)が過重労働を苦にして自殺しました。女性は東大から電通に入社し、激務とされる同社で懸命に奮闘していたといいます。ところが入社から半年後に部署の人数が半減し、業務が急激に増加。過労死ラインといわれる80時間を大幅に超える100時間以上の残業が常態化し、上司からのパワハラも横行していました。亡くなった女性のTwitterには、急激に業務が増えた10月頃から「もう体も心もズタズタだ」「本気で死んでしまいたい」「1日の睡眠時間2時間はレベル高すぎる」といった悲痛な叫びが残されていました。
政府がさまざまな対策を講じたにもかかわらず、またしても過労自殺を防ぐことはできなかったのです。女性が勤めていたのが巨大企業の電通だったこともあって、この事件は大いに世間の注目を集め、メディアも連日この事件を報じました。そのなかで、「電通で過労自殺が起きたのは2度目である」という事実も知られるようになりました。このことは、さらに人々に衝撃を与えます。
なぜなら、電通は1991年に起きた過労自殺の責任を認めて遺族に謝罪し、再発防止を誓っていたからです。それなのに、電通ほどの大企業であっても過重労働問題を解決できず、同じ不幸が繰り返されてしまったのです。2016年9月、東京労働局三田労働基準監督署は女性の過労自殺を労災と認定します。一時はネット上も大炎上したこの事件は、多くの人に「働き方」や「会社との関係」を深く考えさせることになりました。
多様な働き方を実現する「一億総活躍社会」へ
電通女性社員の過労自殺が労災に認定されたのと同じ2016年、安倍首相は働き方改革に取り組む「働き方改革実現推進室」を内閣官房に設置し、自ら議長を務める「働き方改革実現会議」を発足させました。これには、安倍政権が掲げる「1億総活躍社会」実現のために多様な働き方を可能にしようとの意図があります。
「1億総活躍社会」構想の背景には、少子高齢化による深刻な労働力不足があります。企業や業種によっては、やむを得ず人手不足を長時間労働で無理やり補っているような状況すらあります。これでは、また過労死や過労自殺のような悲劇が繰り返されることになります。
そこで政府は、個々のライフスタイルや事情に合わせた柔軟な働き方を推進することで、子育て世代や高齢者などこれまで十分に活躍できなかった人材を労働力として活用し、労働力不足を補っていこうと考えたのです。
これに基づき、「実現会議」は以下の9項目を働き方改革のテーマにすると定めました(4)。
1 同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善
2 賃金引き上げと労働生産性の向上
3 時間外労働の上限規制のあり方など長時間労働の是正
4 雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定化させない教育の問題
5 テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方
6 働き方に中立的な社会保障制度・税制など女性・若者が活躍しやすい環境整備
7 高齢者の就業促進
8 病気の治療、そして子育て・介護と仕事の両立
9 外国人材の受入れの問題
2017年3月には、実現会議が「働き方改革実行計画」を公表します(5)。このなかで同会議は「働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段」とその意義を説明。「長時間労働を自慢するかのような風潮が蔓延・常識化している」と現状を指摘し、働き方改革によって長時間労働を是正すれば「ワーク・ライフ・バランスが改善し、女性や高齢者も仕事に就きやすくなり、労働参加率の向上に結びつく」と明るい未来を描きます。
さらに、これまで行ってきた労働時間短縮や過重労働防止のための取り組みが十分に功を奏さなかったことを踏まえて、罰則付きの時間外労働の上限規制を設けると表明。「労働基準法70年の歴史の中で歴史的な大改革」であるとしました。
2018年6月には、この実行計画に基づいた「働き方改革関連法」が成立。今年4月1日より、順次施行が始まっています。
働き方改革関連法の2つのポイント
厚生労働省が作成したパンフレット「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて~」によれば、働き方改革には大きく分けて2つのポイントがあります。
1つめは、「労働時間法制の見直し」。働きすぎを防ぐことで働き手の健康を守り、多様な「ワーク・ライフ・バランス」の実現を目指すとしています。2つめは、「雇用形態に関わらない公正な待遇の確保」。これは、ひとつの企業の中で正社員と非正規社員の間に不合理な待遇の差を設けてはならないとするものです。それぞれの項目はさらに細分化されていますので、ひとつずつその詳しい内容を見ていきましょう。
働きすぎ防止の具体策とは
働き方改革関連法では、以下の7つの項目において労働時間法制の見直しを行いました。
1 残業時間の上限規制
2 「勤務間インターバル」制度の導入促進
3 1人1年あたり5日間の年次有給休暇の取得を企業に義務づける
4 月60時間を超える残業は、割増賃金率を引上げる(25%から50%へ)
5 労働時間の状況を客観的に把握するよう、企業に義務づける
6 「フレックスタイム制」により働きやすくするため、制度を拡充する
7 自律的で創造的な働き方ができる「高度プロフェッショナル制度」を新設する
なかでも、残業時間の上限を法律で規制することは、前述の通り労働基準法の大改革といえます。これまでは残業時間に法律上の上限がなく、行政指導のみでした。しかし、働き方改革関連法施行後は、残業時間の上限が原則として月45時間・年360時間とされ、臨時的な特別の事情がない限りこれを超えることはできなくなりました。月45時間を平均的な出勤日数で割ると、1日当たり2時間程度の残業に相当します。
また、臨時的な特別の事情があって労使が合意した場合でも、
・年720時間以内
・複数月平均80時間以内(休日労働を含む)
・月100時間未満(休日労働を含む)
を超えることはできません。
さらに、原則である月45時間を超えることができるのは年間6カ月までとなります。
②の「勤務間インターバル」制度も過重労働を防ぐための取り組みです。これは、1日の仕事を終えてから翌日出社するまでの間に一定時間以上の休息時間(インターバル)を確保する仕組みをいいます。過労自殺した2人の電通社員はどちらも、朝方に帰宅して何時間もしないうちに出社するといった生活を強いられていました。
こうした事態を防ぐため、夜遅くまで残業した場合には翌日の始業時刻を後ろ倒しにすることで、働き手の十分な生活時間や睡眠時間を確保しようというのが働き方改革の考え方です。これについては、企業の努力義務とされました。
4月以降に各職場で最も話題になったのは、もしかしたら③の「年5日の年次有給休暇の取得」かもしれません。これまでは、労働者が会社に申し出ない限り年休を取得することができませんでした。しかしながら、「みんなが働いているのに休むと言い出しにくい」と労働者側が遠慮する、あるいは企業側が有給休暇の取得にあまりいい顔をしないといった理由もあり、日本の年休取得率は51.1%とかなり低い水準にありました。
しかしこの4月1日からは、年5日の年次有給休暇の確実な取得が企業に義務付けられました。その方法もこれまでとは異なり、事業者が労働者から年休取得時期の希望を聴取し、それを踏まえて「この日に休んでください」と指定する形となりました。さしずめ、「労働者から休みの希望を言い出すのを待っていたら全然言い出さないから、企業が無理やり休ませなさい」と政府が企業にお触れを出した、というところでしょうか。
ニュースにあまり詳しくない人の間でも「今年度から有休が取りやすくなった」という情報はかなり浸透しているようです。当然企業側も知らないふりはできないでしょうから、今後は日本の年休取得率が相当程度上昇するのではないでしょうか。
非正規社員が働きやすくなる?
働き方改革関連法のもうひとつの重要なポイントは、正社員と非正規社員の間の「不合理な待遇差」が禁止されることです。ここで言う非正規社員とは、パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者を指します。今回の法律では、企業がこうした非正規労働者に対して基本給や賞与、通勤手当などあらゆる待遇について不合理な待遇差を設けたり、差別的取り扱いをしたりすることが禁止されました。このメリットについて厚生労働省は「どのような雇用形態を選択しても待遇に納得して働き続けられるようにすることで、多様で柔軟な働き方を選択できるようになります」と説明しています。
ただし、これは正社員と非正規社員の間に待遇差を設けること自体を禁止したものではありません。あくまでも「不合理な待遇差」を禁止する規定です。両者の間に待遇差が存在する場合に、どんな待遇差が不合理とされ、どんな待遇差はそうではないのかについては、厚生労働省がガイドラインを示しています。非正規社員は、正社員との間に待遇差があると感じた場合、その理由について事業主に説明を求めることができます。また、どんな待遇差が「不合理」であるか否かは、最終的には司法において判断されます。なお、不合理な待遇差の禁止については、2020年4月1日からの施行となります(中小企業は2021年4月1日から施行)。
働き手にとっていいことばかりではない?
ここまで、おもに働き方改革がもたらす良い面を紹介してきました。残業時間の上限規制や有休の取得義務化は、確かに画期的な改革です。とはいえ、いくつかの課題や懸念も指摘されています。まだ法律が施行されたばかりとあって、大々的に問題点が浮上しているわけではありませんが、可能性として知っておくとよいかもしれません。
まず、「残業時間が減ったからといって仕事が減るとは限らない」という現実があるかもしれません。企業側の姿勢による部分も大きいですが、もし働ける時間が減ったのに仕事量が変わらなければ、休憩時間を返上して仕事をしたり、残業時間を過少に申告したり、仕事を家に持ち帰ったりするだけで、結局何も変わらない可能性もあります。
「残業時間が規制されることで賃金が減る」という問題もあります。労働者の中には、残業代を当てにして生活設計を立てている人も少なくありません。自分の意思で残業してお金を稼いでいる人からその機会を奪ってしまうのは果たして良いのか、という声があるのもうなずけます。
働き方改革関連法によって新設された「高度プロフェッショナル制度」も多くの批判を浴びています。これは、特定の専門職で、かつ年収1075万円以上である労働者を対象に、労働基準法に定められた労働時間、休憩、休日、および深夜の割増賃金に関する規定を適用しない制度です。条件を満たす労働者が自動的に対象となるわけではなく、本人の同意がなければこの制度を適用されることはありません。
とはいえ、「どれだけ働かせても残業代を払わなくてもいい」と政府がお墨付きを与えるような制度には疑問符が付きます。この制度を推進した政府は、高度な専門性を擁する職種の労働者には、働いた時間ではなく成果に応じて賃金を決めるのがふさわしい、という建前論をかざしました。成果さえ上げれば数時間で家に帰ることもできるとし、多様で柔軟な働き方だとも主張しました。
この制度を採用する事業者には、「健康管理時間をもとにした医師による面接指導」「年間104日以上かつ4週間を通じて4日以上の休日を付与すること」など、対象者の健康を守るための措置が義務付けられています。しかしながら、労働団体などは「残業代ゼロで成果を求められれば、長時間労働は必至である」として強く反発。有識者からも、「現状の日本の労働環境のなかでは使用者も労働者もうまく使いこなせないのではないか」とこの制度を問題視する声が上がっています。
一見すると良いことに思える「正社員と非正規社員の間の不合理な待遇差禁止」も、労働者に不利益をもたらす可能性があります。非正規社員の待遇を正社員と同じに引き上げれば、経営が苦しくなる企業も出てくることでしょう。もしかしたら一部の事業主は、非正規社員の待遇を引き上げるのではなく、正社員の待遇を下げることで「待遇差」をなくそうと考えるかもしれません。もしそうなったとしても、法律に違反しているわけではないのです。
別の可能性として、企業が雇用を抑制するおそれもあります。現実的な話として、「正社員を雇用する余裕はないのでパートを雇おう」あるいは「派遣社員を使おう」と考える企業は山ほどあります。非正規社員には、正社員より安く使える労働力という側面があるからです。
しかしながら、非正規社員を雇うのにも正社員と同じほどお金がかかるようになれば、企業はこれまでのように気軽に人を雇うことができなくなります。それによって人手不足が生じ、正社員にかかる負担が増大する可能性は十分あります。それを補うために残業を増やして対応しなければならないとしたら、「いったい働き方改革とは何だったのか」という事態にもなりかねません。
まずは働き方改革の正しい知識を
最後にネガティブな情報ばかりをご紹介しましたが、これらはまだ現時点では「起こり得る可能性」でしかありません。前半でご紹介した通り、政府が先回りして対策を打つことはあまりありませんが、国民に広く認知された社会問題に対してはその時々で対策を講じてきたのも事実です。
もちろん、これまでの対策が限定的にしか効果を上げなかったように、働き方改革関連法が施行されたからといって労働問題がすべて解決するわけでもなければ、私たちの働く環境が劇的に改善されるわけでもないかもしれません。
でも、だからといって「どうせ何も変わらない」と強がっていては、本当に何も変わりません。働き方改革によって新たに得られた労働者の権利をしっかりと認識し、必要な時には事業者に対して声を上げていくことで、まずは自分の勤める会社から労働環境の改善を進めていきたいものです。
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