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女性は、ライフステージにさまざまな変化が起こります。結婚後、「兼業主婦」になるのか「専業主婦」になるのかを選択するのもそのひとつ。そして、専業主婦になった場合、「キャリアを中断しても以前のように再びキャリアを積むことができるのか」という点が気になります。

マッチング事業を展開する株式会社Warisでは、こうした専業主婦ならではの不安や悩みを解消するべく、薄井シンシアさんをゲストに迎えたセミナー「専業主婦を経て自分らしいキャリアを創るには?」を開催しました。

薄井シンシアさん

17年間の専業主婦を経て、47才で就職活動を再開。「給食のおばちゃん」や高級会員制クラブでの電話受付など、さまざまな業種を経験して、外資系ホテルの営業開発担当副支配人も務めた。その他、ACCJアメリカ商工会議所 観光産業委員会の委員長、Warisワークアゲイン戦略顧問なども務めている。また、薄井さんのユニークなキャリアパスが注目を浴び、講演会も多数行われている。著書に『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと」がある

実績を出しても反映されない、「専業主婦」というキャリア

現在、さまざまな場所で活躍をされる薄井さんですが、「私は本当に『普通』の専業主婦だったんですよ」とのこと。専業主婦から再び就職した先は、当時住んでいたバンコクにある小学校のカフェテリアだったそうです。

「野菜嫌いの子どもに、野菜が食べられるよういろんな工夫をするなど、まさに『給食のおばちゃん』をしていました。それまでのキャリアから、娘には『ママ、どうしてそんな仕事をするの?』と言われました。英語には『If life gives you lemons, make lemonade.(もしも、人生ですっぱいレモンを与えられたら、それをレモネードに変えればいい)』という名言があるのですが、私の人生はまさにそれ。どれだけ甘いジュースを作れるかが、私の生き方なんです」

その後、日本へ帰国した薄井さんの年齡は52才。ここから新しい就職先を探したそうです。

「とにかく仕事が何にもありませんでした。英語と日本語の2カ国語を操れるのに、それでも仕事がなかったんです。さまざまな業種へ応募しましたが、年齡と経験を理由に雇ってもらうことができませんでした。ようやく見つかったのが、結婚式やパーティーなどを行っている高級会員制クラブでの電話受付です」

積極的に働こうと奮闘したものの、「『余計なことはするな!』と叱られることもしばしばあった」と言います。

「専業主婦になる前のキャリアを考えると、とにかく悔しかった。でも、仕事を辞めたら負けだとひたすらがまんして、徹底的に学ぶようにしました。大切なことは、誰かから批判を受けたら、その批判をどうやって自分のものにするかです。あとは、人が進んでやらない仕事を積極的に受けるようにしました。当時、一番敬遠されていたのは、子どもの誕生日会です」

その頃すでに、電話受付以外に会場手配などもするようになっていた薄井さんは、この「子どもの誕生日会」を進んで引き受け、どれだけ子どもが喜んでくれるかに注力していたそうです。すると、薄井さんの手がける企画が人気を呼び、「半年も経たずに売り上げNO1を記録した」と言います。その後、大手企業の懇親会という何百万もの予算がつく企画にも指名され、社内でもめきめきと頭角を現していったようです。

「専業主婦歴17年ですから、子どもに関してはスペシャリスト(笑)。紹介が紹介を呼び、大きな仕事も手がけていましたが、これだけの仕事をしていても私の雇用はアルバイトのまま。そこで、契約更新の時に、雇用形態を見直して欲しいと上司へ伝えました。しかし、結果は『アルバイトのまま、時給を100円上げる』と。正直がっかりしました」

専業主婦ならではのアイデアで企画を作成して、それが大成功しても、「見えないキャリア」はことごとくスルーされる現実に、薄井さんは退社を決意します。

 

再就職を考えた時に覚えておきたい「2つの壁」とは

新しい就職先を探しているところへ、外資系ホテルの総支配人から連絡が来たそうです。

「当時、小学校に通っていた総支配人の娘が、『給食のおばちゃん』をしていた私のことを家庭で話していたそうです。『面白いおばちゃんがいる』と(笑)。その総支配人が日本へ来ることになり、私のことを思い出して、ホテルの仕事に誘ってくれました。タイミングは良かったのですが、ホテルの勤務経験はなかったので、さすがに悩みましたね。面接では、『どちらが面接官なのか分からない』と言われるほど、徹底的に質問をしました」

不安はあったものの、「来るもの拒まず」な薄井さんは、就職を決意。ホテルの宴会場担当だと聞いていたそうですが、当日ホテルへ行くと、宴会場担当ではなく、なんと「宿泊アカウントマネージャー」だったそうです。

「『話が違う!』と慌てて総支配人へ相談しました。『まったくの未経験だし責任は持てないですよ』と言うと、『英語も堪能だしやってみたら?』と。『ツインルーム』と『ダブルルーム』の違いも分からないレベルからのスタートでした。とはいえ、辞めても次の就職先は決まっていないし、そこから猛勉強の日々が始まりました」

努力が実を結び、営業開発担当副支配人というポストまでたどり着いた薄井さん。ここまでの過程で気付いたことは「2つの壁が存在する」ということだったそうです。

「1つめは『社会の壁』です。専業主婦という見えにくいキャリアへの偏見と、年齡や経験に対する偏見が社会にはまだまだ存在します。しかし、現在の労働市場は売り手市場。仕事は選ばなければ山のようにあるんです。2つめは『自身の壁』。私も過去のキャリアを捨てきれず、『なんで私がこんな仕事をやらないといけないの?』と思ったこともありました。しかし、そんなプライドは邪魔なだけ。それよりも、目の前の仕事に一生懸命になるというプライドを持ちましょう。一から学ぶという姿勢を忘れないでください。最初の仕事は、『始発』と考え、そこからどんどんキャリアを積んで、新しい扉を次々と開いていけばいいんです。そして、ワークライフバランスを1日ではなく、一生で考えてみてください。子育てをして、趣味を持ち、そこからキャリアを積み始めたって悪くありません」

 

訴えるよりも行動で――専業主婦の社会的認知のためにできること

最後に薄井さんは、「専業主婦の能力を社会へ認知して欲しい。しかし、経験のない男性に理解を求めるのは難しいこと。それなら、行動で示していけばいいんです」とおっしゃっていました。

最近では、専業主婦のマルチタスク能力や、マネジメント能力に注目が集まりつつあり、さまざまな会社で専業主婦の雇用を始めています。

「社会復帰できるのか」という不安を抱えているよりも、「どんな仕事を始めようか。それには何か必要なのか」ということを考えて過ごせば、行動や気持ちが今よりポジティブになるのではないでしょうか。専業主婦という期間は、新しいキャリアをスタートさせるための能力開発の時間でもあるのかもしれません。