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フリーランス×会社員で「複業フリーランス」を実現

従来の働き方にとらわれず、結婚や出産などのライフステージに合わせて働き方を柔軟に変えながら、自分らしく働く女性が増えています。子育てと仕事を両立させるために、フリーランスと会社員の2つを合わせた「複業フリーランス」として働く、PRプランナーの井上千絵さんもその一人です。そこで井上さんに、現在のワークスタイルに至ったプロセス、複業フリーランスのメリット、仕事観などについて伺いました。

井上 千絵さん(PRプランナー)
大学卒業後、テレビ局に入社。報道記者を9年間、宣伝・広報を2年担当し、出産を機に退職。その後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)で2年間学ぶ。在学中にPRプランナーとして独立し、現在はPR会社の社員としての顔ももち、「複業フリーランス」というスタイルで活躍している。

「学業」「育児」「PRプランナー」の3役をこなして

−井上さんのキャリアのスタートは、テレビ局でのお仕事だそうですね。

大学卒業後の2005年、香川県のテレビ朝日系列のテレビ局で2年間働き、その後2007年から名古屋にある同じくテレビ朝日系列のテレビ局で7年間は報道記者を、2年間は宣伝・広報を担当しました。

入社時からずっと願っていたことは、ニュース番組を担当することと、尊敬する報道キャスターの長野智子さんといつか一緒に仕事をすることでした。仕事とプライベートの割合は9対1ぐらいで、20代は仕事に熱中して全力で駆け抜けている感じでしたね。2010年、念願がかなってテレビ朝日の「報道ステーション」にディレクターとして出向することになり、その直前には長野智子さんと一緒にお仕事をさせていただく機会にも恵まれ、2つの願いを実現させることができました。

30歳になろうとしていたときに、報道ステーションの任期終了と同時に全てをやりきったような感覚となり、「これからどこに向かって行ったらいいのか……」と、将来を思い描けなくなってしまいました。このときにやっと、結婚や出産について考えるようになったのです。ちょうどその頃、当時の上司にも今後のキャリアについて様々相談させてもらう過程で東京支社への異動が決まり、宣伝・広報を担当させてもらうことになりました。これが、結果としては現在のPRプランナーの仕事につながっています。



−では、PRプランナーとして独立しようと考えたきっかけについて教えてください。

大きなきっかけは、出産です。実家のある東京に戻って結婚し、2015年に長女を出産してから、もっと自分のライフスタイルに合わせた形で仕事をしていきたいと強く望むようになりました。私が最も大切にしたいと思ったのは、娘と一緒に過ごす時間です。

テレビ局の仕事は、災害取材や選挙報道など、社会のニュースと常に向き合っているため、深夜でも出社しなくてはなりませんし、呼び出しもあるのでかなりハードです。ですから、そのまま仕事と子育てを両立させるのは難しいと思いました。そこで、いったんテレビ業界を離れてみたら、次の選択肢が見えてくるのかもしれない、と漠然とした気持ちではあったのですが、出産後に退職を決断しました。それが大学院入学につながります。



−大学院ではどのようなことを学んだのでしょうか。また、そこで得たことについて教えてください。

退職後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(以下、KMD)に入学し、そこで2年間学びました。1学年の学生は60人くらいで大半は23、24歳でしたが、定年退職した60代の方や留学生などもいて、多様な環境の中で学ぶことができました。

授業はグループワーク中心で、みんなでディスカッションすることも多かったですね。若い世代の人たちの新しい考え方に刺激を受けながら、学んだことをどのようにアウトプットしようかと常に考えていました。KMDの卒業生たちが、社会課題を解決するために起業していく姿を間近で見て勇気をもらい、「自分も学んだことを起業という形に変えていこう」と思うようになりました。そしてKMD入学1年目の2017年に、PRプランナーとして独立しました。



−ということは当時、「学業」「育児」「PRプランナー」という3役を同時に行っていたということですね。充実しつつも、かなりハードな時期だったのではないでしょうか。

まさにそうですね。KMDでは論文執筆に追われ、PRプランナーの仕事はクライアントを獲得するための導線を整えるところからのスタートだったので、自分のホームページを制作したりブログを書いたりする作業に追われていました。当時1歳だった娘は思いもよらないタイミングで熱を出したりして、私の母や義理の母を呼ぶこともしばしばありました。
この時期、夫と意見がぶつかり合うこともありましたね。夫からは「何のためにそんなに多忙な道を選んだの?」とよく言われました。娘との時間をつくりたいと言っていたはずなのにとても忙しそうだし、その割に稼げていないみたいだけど、大丈夫なのかと心配されて(笑)。


大切なのは娘と過ごす時間。1日7時間稼働、土日オフで時間にシビアに

−現在は、フリーランスとしての仕事と、PR会社の社員としての仕事の「複業」をしていますが、どのような経緯でPR会社の社員になったのでしょうか。

現在所属しているPR会社の社長の著書を読んで共感し、社長のFacebookをフォローしていたところ、2017年の年末頃の投稿で、PRの人材を募集していることを知りました。ちょうど、KMDでの学業も修了しようとしていた頃で進むべき道を考えていたところだったので、すぐに連絡をして会っていただき、ご縁があって社員として入社させていただくことになりました。


—複業フリーランスとして働くために、所属するPR会社側の理解をどのように得たのでしょうか。

社長に伝えたのは、「副業」(サブ)ではなく「複業」(パラレル)をしたいということです。「副業」の場合は「出社=会社のための時間」となり、会社での仕事が本業で、余裕があったら自分のやりたい仕事をしてもよいという考え方になると思います。ですが私は、どの仕事も本業として「複業」でやっていきたいという自分の意思を伝え、理解していただくことができました。



−仕事とプライベートのバランスをどのようにとっているのでしょうか。1週間のスケジュールを教えてください。

稼働している時間は、一般的な会社員とそれほど変わらないかもしれません。月〜金曜日は仕事をして、土、日曜日はオフというスタイルを続けています。娘を保育園に預けている9:30〜17:30が稼働時間です。夜は極力、仕事をしないようにしていて、21:00にはたいてい娘と一緒に就寝しています。

PR会社には出社義務はありませんが、社長と話し合い、月、火、木、金曜日はPR会社の仕事中心、水曜日は個人で受けている仕事中心の日にしています。とはいえ、うまく振り分けるのは難しくこれはあくまでも目安で、時間刻みで1日のスケジュールを調整しながら回しています。仕事をする場所は、自宅やカフェ、クライアント先など様々です。1日の中で、場所を転々としながら働く日もよくあります。



−限られた時間でパフォーマンスの高い仕事をするために、工夫していることはありますか。

時間に対しては、ものすごくシビアになりましたね。日中の集中力はかなり高いと思います。それと、平日の1日だけは娘の保育園の迎えを夫に任せています。1週間の中で終えられなかった仕事はこの日の夜に片づけるといったサイクルで、なんとか仕事を回すことができています。

私一人では、仕事と子育ての両立は絶対にできません。夫だけでなく、それぞれの両親や過去にはベビーシッターさんにもお世話になりました。周囲の協力があるからこそ、現在のスタイルで働くことができていると痛感しています。それだけでなく、所属するPR会社に出社義務がないこともありがたい環境だと感じています。柔軟な会社であるからこそ、複業フリーランスを実現できているのだと思います。



−複業フリーランスというワークスタイルを選択して、最もよかったことを教えてください。

このワークスタイルを選択したのは、娘との時間を大切にしたいからです。家族のイベントなどを中心にしてスケジューリングできるようになったのは、すごくよかったですね。例えば誕生日など、娘のために大切にしたいイベントを平日に行ったり、娘と母と一緒に平日に出かけたりすることができたり。フルタイム勤務の会社員だったら、そうした時間は土、日曜日に回していたと思います。

仕事とプライベートのバランスについては、「これくらいのバランスがちょうどいい」と感じられることは、この先もないと思います。重要なのは「何を一番大切にするか」ということに尽きると思います。私にとって最も大切なのは娘や夫との時間なので、そこを壊さない限界レベルを常に探っていますね。

子育てをする女性も「個」として、もっと自分の幸せを考えられる社会に

−仕事において、大切にしていることはどんなことでしょうか。

報道記者をしていた頃から「その人の想いを社会に届けたい」という気持ちがすごく強いです。仕事に費やせる時間が独身時代に比べて限られる中で、残された時間を、自分が本当に好きで心から応援したいと思えることのPRに費やしたいと思っています。
会社員だと、与えられた担務の責任を果たさなくてはならない場面も様々ありますが、複業フリーランスというワークスタイルでは、それが可能だと思います。

これまで日本では、「家族の幸せのために女性はどう生きるか」という考え方が当たり前だったと思います。でもこれからの時代は、子育てをしている女性も「個」として、もっと充実した人生を送ることを考えていくべきだと思います。
「自分自身の幸せ」と「家族の幸せ」は、完全に重なるものではありません。私自身も、出産後に自分自身の今後のキャリアのことを考えて大学院に進みましたが、そのことが娘や夫の幸せに直結するかというと、そうとは限りません。ですが、自分の心が満たされることが、結果的に家族や周囲の幸せにつながっていくと、私は考えています。



−では、スキルアップのために心がけていることなどを教えてください。

PRプランナーの仕事では、テレビ業界での経験を生かせると思っています。テレビを始めとするメディアに取り上げてもらうためのアプローチ手法について、クライアントに提案することは今後も続けていきますが、それだけでは限界があると感じています。

近年は情報を得るための手段が多様化し、PRの方法や形も変化しています。そういった変化をキャッチアップするためには、まだまだ経験不足だと痛感しています。PR会社の社員になった大きな理由は、その部分を補うことです。
所属するPR会社にはその道の経験10年以上のスペシャリストの方が多く、私は最もキャリアが浅いのですが、先輩方の経験をシェアさせていただけることは大きなメリットです。それだけでなく、個人では契約できない様々なジャンルの企業を担当し、規模の大きな仕事を経験することは、フリーランスでは絶対にできません。
PR会社に所属することでそれが可能となり、スキルアップできると考えています。



−今後は、どのようなことを目指していきたいですか。

一つは、仕事ができる時間が限られていく中で、本当に好きで心から応援したいと思うことだけにエネルギーを注いでいきたいです。もう一つは、「PRの井上さん」と言われるのではなく、サービスや人を応援してくれる「伝え手の井上さん」と呼ばれるようになりたいです。PRと言うと、単に宣伝してくれる人だと捉えられがちですが、もっと深いところで「その人の人生を豊かにするための応援」をしていきたいです。特に、女性が「個」として幸せになれるサービスやモノをPRするお手伝いをしていきたいですね。



−最後に、井上さんにとって「仕事」とは、どんなものでしょうか。

仕事は恋愛に似ていて、ワクワクではなくドキドキするものだと思っています。好きな人のことを考えるとドキドキして、その人のことをずっと考えてしまうといった感覚です。「仕事=義務、タスク」ではなく、夢中になれて、自分自身も熱狂させてもらえるものだと思います。
熱狂できることは職業でなくてもよいと思いますが、それが仕事だったら最高だと思います。ですから娘も、「好きすぎて、どうしよう!」と思うほど情熱を傾けられるものを、仕事にしてくれたらいいですね。

【編集後記】自分の幸せが、めぐりめぐって家族の幸せに

大切にしているものを軸にして、自分らしくいられるワークスタイルを確立していった井上さん。「自分の心が満たされることが、結果的に家族や周囲の幸せにつながっていく」という言葉が印象的でした。言うまでもなく、女性が仕事と子育てを両立させるためには、夫や周囲の理解と協力が必要です。井上さんのように柔軟に働くためには、男性が家事や子育てをしやすい社会にすることに、もっと目を向けていく必要があるのではないでしょうか。