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今年のGWは、タイミング良く函館市内で「桜の名所」と言われる五稜郭公園や函館公園が満開を迎えていたので、特に遠出しなくてものんびりと休暇を味わうことができました。知人と着物を着て出かけたり、思いついて車を走らせ季節限定のさくらソフトクリームを食べに行ったり。 そんな楽しい連休が終わり、残った仕事の山にうめいているのは、私だけでしょうか?(笑)

どうしてもやる気が出ない。そんな時は、スモールステップを設けて徐々に整えていくのがいいのかな。

さて今回は、7月までやってこない(!)祝日が恋しくてしょんぼりしている私たちに、パワーをくれる詩や小説をご紹介しましょう。

北欧の時間が私の普段のくらしになる 『かもめ食堂』

「かもめ食堂」の映画を発端に、北欧デザインやカルチャーが息の長いブームになりましたね。私は普段小説から映画化された作品は、小説しか読まないパターンが多いのですが、「かもめ食堂」に限っては原作を読んでいませんでした。著者の群ようこさんのエッセイは何作か読んでいたので、あのオシャレな世界観と群ようこさんがなんだか結びつかず不思議な感じがしていたのです。

今回、小説を読んでみて納得。群ようこさんの描き出す「かもめ食堂」は、明日への不安を抱えながらも3人の女性がひたむきに暮らす世界。ひょんなことから大きな決断をして、フィンランド・ヘルシンキの地で出会います。そして、少しずつ街の人たちとも心を通わせるように。

「東京だったらね、ストレスが溜まって、嫌になるっていう気持ちもわかるんですよ。(中略)でもここはこんなに緑がたくさんあって、車も人も少なくて、息が詰まるなんていうことはないと思うのに。東京に住んでいた人が、田舎暮らしで癒されたなんていっているじゃないですか。人間だから嫌なこともたくさんあるでしょうけど。自然は癒してくれないんでしょうかねえ。ちょっと意外だと思いませんか」
 ミドリはクビをかしげた。
 サチエは膝行法をはじめた。
「自然に囲まれている人が、みな幸せになるとは限らないんじゃないかな。どこに住んでいても、どこにいてもその人次第なんですよ。その人がどうするかが問題なんです。しゃんとした人は、どんなところでもしゃんとしていて、だめな人はどこに行ってもだめなんですよ。きっとそうなんだと思う」
 サチエはいいきった。
via 『かもめ食堂』より

どこにいても、自分は自分。その言葉は魔法の呪文のように、私を励ましてくれます。

かもめ食堂

 

恩田陸の紡ぎ出す不思議な体験 『私と踊って』

恩田陸さんの小説は、「夜のピクニック」を読んで以来久しぶりに手にとりました。この本は、表題作の「私と踊って」をはじめ、実験的で少し不思議な味わいの作品があれこれ詰まった短編集です。


犬や猫がニンゲンの言葉を読み書きできるようになる「忠告」「協力」も面白かったですが、読後もじんわりと心に印象が残ったのは「二人でお茶を」でした。語り部は、音大でピアノを弾くあるひとりの若者。彼の口から語られる不思議な体験……それを幸運と呼ぶか、不幸と受け取るのか。

 僕は「化けた」とみんなに言われました。上がり症は完全にどこかへ行ってしまいました。正直、上がっているヒマなどなく、「彼」の精進についていくのが精一杯だったのです。なにしろ、他人から見たら「彼」は僕で、僕は音楽家の卵に過ぎません。僕の中でこれまでの空白を埋め、歳月を取り戻す「彼」の果てしない要求に応えていくのは大変でした。次々と入る演奏依頼を引き受けていたのは僕ではなく「彼」だったのです。僕はへとへとでしたが、「彼」が僕の中で感じている喜びは僕をも高揚させ、僕も寸暇を惜しんで勉強をしました。
via 『二人でお茶を』より(『私と踊って』収録)

芸術を、仕事を愛する気持ち。「偶然」ではなくて、ピアノを愛する心や理想とするところが重なって起こった体験だった……と思えば、巨匠と願いを共にして体を貸すことも、ひとつの偉業だったかもしれない。人生をかけて情熱を注ぐことができるものがあるというのは、間違いなくしあわせなことだと思います。

 懐かしいメロディ。
 胸を締め付けられる。この痛み。
(ああ、そうだった)
「彼」の呟きを感じました。
 僕も思い出していました。
 あの最後のコンサート、ブザンソンで、力を振り絞り、人の助けを借りてやっとの思いで舞台に上がった最後のコンサート。
 僕は約束した、僕は弾かなければならない――
 その執念と責任感だけが「彼」を突き動かしていた。
via 『二人でお茶を』より(『私と踊って』収録)

『白い乳房 黒い乳房』 世界中に流れる悠久の愛情

こちらは、本好きの方が「とても良かった!」とおすすめしてくれて、購入してみた1冊。詩人の谷川俊太郎さんが監修をしています。
副題に「地球をむすぶ72のラブ・メッセージ」とありますが、愛というのは男女の恋愛だけではなく、家族愛や郷愁、哀しみをも包括した広い意味での「愛」。そう考えると、私たちは実に多くの愛情に包まれて日々を生きているのだと思います。

愛し合わなければならない理由

文貞姫

私たちが愛し合わなければならない理由は
世の川の水を分け合い
世の野菜を分け合い
同じ太陽とお月様の下で
同じしわを作って生きていくということ
私たちが愛し合わなければならない
もう一つの理由は
世の川辺に背をまるめ
同じく時の石ころを投げ落としながら泣くということ
風に吹かれ転がる
名も知らない落葉やコガネムシのように
同じくはかない存在だということ
via 『白い乳房 黒い乳房』より

選ばれた言葉のひとつひとつに、素朴さとリアリティがあって好きな詩です。読み方によって、恋愛にも人類愛にも受け取れる。きっと読み返すたびに違う感情が湧き上がってくるような。


もうひとつ。短くも深い、未知の世界に広がりゆく冒険の詩を。

お父さん

カイ・ニエミネン

お父さん、外に出たときわたしたちが庭にいなくてもびっくりしないで
刺草(いらくさ)を摘みに行ったんだから
あるいはどうということもなく、ただ世の中を見に行っただけなんだから
via 『白い乳房 黒い乳房』より

百人一首の世界を新しい解釈で展開 『千年後の百人一首』

詩人の最果タヒさんとアーティストの清川あさみさんによる新しい百人一首。

もともと、清川あさみさんの「美女採集」(女優たちの写真に刺繍をほどこしたアート作品のシリーズ)が好きで。瞬間的に目に映る美しさのさらに奥を覗いて、内在する世界まで引き出し作品に昇華させている方だと思います。
そして、新進気鋭の最果タヒさん。攻撃的な言葉も詩作に使う方なので、どうかなと思っていましたが。幾度となく読み返したくなる、素敵な解釈でした。

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ひともをし 人も恨めし あぢきなく
世を思ふゆゑに もの思ふ身は
(後鳥羽院)

ひと。
ひとのすべて。
ひとのすべてを愛すること。
ひとのすべてを憎むこと。
どちらでもよかった、どちらでもいいから、
愛したかった。
憎みたかった。
すべてを諦めること。
すべてを許すこと。
そのどちらでもいい。私に、できていたら。

影と光の境界線が、月の表面を撫でながらうごめいて、
私は、きみの本当の姿を、
いつまでも見つけることができないように、思うのだろう。
本当は裸で、きみは私の前に浮かんでいるのに。

それでも私はきみを探すよ、真っ暗な夜に、きみの、光を目印に。
見つけるたびに心細く、なるような人生であっても。
via 『百年後の百人一首』より

詩や小説の中に散りばめられた言葉に、はっとする。名言や直接的なハウツーじゃなくとも、そこに何か学ぶことがあるように思います。
しみじみ良いな、と思う文章を味わって、私は元気が出てきましたよ(笑)
皆さまも、パワーチャージできますように。

千年後の百人一首