2017年2月13日 更新

長時間労働・パワハラが蔓延する広告業界は変わることができるのか

電通の新入社員の女性が過労自殺した事件を受け、その背景にある問題や広告業界の働き方が変わる可能性について、業界で働く方にお話を伺いました。

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電通の女性社員が入社1年目の昨年12月に自殺し、それが過労によるものだと労災認定された事件が世間に衝撃を与えています。

様々な表現手段で人々の気持ちに訴えかけたり、大きなイベントを成功させたり……、広告代理店の仕事に、人をわくわくさせる魅力的な側面があるのは間違いありません。でも、そこで働いていくためには自分の生活を会社に捧げ尽くさなければいけないのか――、自殺した高橋まつりさんのTwitterへの投稿内容や、大手広告代理店の内側を知るという人からの告発記事などが伝える労働環境を知るにつけ、暗澹たる思いにとらわれます。

なぜ広告業界では長時間労働が常態化するのか

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就活情報サイトなどを見れば、仕事が深夜にまで及ぶことが少なくないといったハードさは、広告業界全体の傾向として説明されています。また、今回の事件のひとつの要因は、労働基準監督署の認定で1ヶ月に約105時間の残業、実際にはそれ以上と見込まれる長時間労働であることは間違いないでしょう。

なぜ、広告業界では長時間労働が常態化するのか。新卒で中堅の広告代理店に勤務し、現在は自身で制作会社を経営するコピーライター/クリエイティブディレクターのAさん(50代男性)は、理由のひとつに、広告の企画・制作というのは正解のない仕事だということを挙げます。

「表現(クリエイティブ)に限らず、営業職やマーケィングの担当でも、『より良いもの』を求めたら、時間はいくらあっても足りない」とAさん。「どこで区切りをつけるか」は本人と上司・組織の判断次第になるわけです。

もうひとつ、長時間労働を助長する原因として見逃せないのが、「クライアント(広告主)→広告代理店→制作会社またはフリーランスのクリエイター」という発注の流れの中で、受注側が発注側の言うことを過剰に聞かざるをえない関係があります。

「週末だろうが、徹夜だろうが、頼まれれば作業をすることになるのです。個人の働き方を重視する、ないし発注元に物申す覚悟のある制作会社やフリーランスなら断ることもできますが、組織が大きくなるほど、会社としてクライアントの要求を受けざるを得ず、現場の社員に負担がいくことになります」(Aさん)

また、電通のような大手代理店では、クライアントも大手ゆえに「絶対に逆らえない」、「ライバル代理店より対応が悪いという理由で負けるわけにはいかない」等の「社内事情」があり、ますます「クライアントは神様」という状況が強化される面もあるようです。

社内のパワハラの背景にも、広告代理店とクライアントの極端な関係性がある

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もうひとつ、事件の背景にあるのはパワハラの問題です。

Aさんは、「同じように辛い状況においても、罵倒され続けるのと、評価され、励まされるのでは心理的負担はまったく違う。『心に喜び』があれば踏ん張れるのだが、その逆にどんどん追い詰める状況を作ったのは、組織や上司のマネジメントの課題だ」と指摘します。

大手広告代理店出身で、現在はクリエイティブエージェンシー(広告制作に専門特化した会社)で働くBさん(30代男性)は、「ブラックな労働環境かどうかは、会社というよりは、人や部署次第」と言います。Bさんが所属していたのは電通とは別の会社ですが、若い社員が上司や先輩から「タバコ買ってこい」と夜中に電話で呼び出され、タバコを買って会社にやってくると「お前もう帰っていい」と言われるといった理不尽な扱いを受けたり、暴力を振るわれたりする現場を目撃しており、「もしそんな部署に配属されていたら、自分だってどうなっていたか分からない」と語ってくれました。

自殺した高橋まつりさんがTwitterに投稿していた「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」などの上司の言動も、Bさんが見たケースも、常識的に考えれば「パワハラ」です。しかし広告業界の中では、それを「教育」だと考えている人が少なくなさそうです。その背景には、クライアントの立場が極端に強い関係の中で、それこそパワハラまがいの無茶な要求を突きつけるクライアントがいるということがあります。若い社員にパワハラをしている人には、そういうクライアントの要求に応えながら仕事を遂行してきた人が多く、「俺の言うことについて来られないようなら、クライアントの要求にも耐えられないぞ」という考えで若手をしごくメンタリティがある、それがBさんの見方です。

電通のCSRレポートには「ハラスメントの防止を徹底し、社員の人権を守ることも、重要なテーマであると考えています。」とあります。でも、今の経営層の多くは、クライアントや上司の無茶な要求に応え、ハードな労働環境を耐え抜いてきたという自負があるから、パワハラを本気で止めるという力が働かなかったのだと思われます。また、自殺は想定外だったにしても、「耐えられない者は辞めていけばいい」という考え方もあるのでしょう。

時間をかけて成果をあげるという文化の弊害

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事件を受け、電通は時間外労働の上限時間を短くしたり夜10時に社屋の一斉消灯を始めるなど、残業抑制の施策を始めました。ですがBさんは、「問題の本質はそこではないのではないか。広告業界には自分の意思で長時間働くタイプの人もいるから、一律に時間を制限することにはあまり意味があると思えない」と言います。

大手広告代理店の営業部門マネージャーであるCさん(30代男性)も、「活き活きと働けている人は、時間の長さを辛いと感じない」と考えています。「広告の制作や企画に充てる時間は『働いている』という意識は薄く、『挑戦している』と言った方がしっくりくる」とCさん。面白い仕事であれば、仕事がハードでも苦にはならず、むしろなるべく粘って良いものを作りたいという人も多いのです。

こういった話を聞いて問題に感じるのは、「本人が好んで長時間働き、結果として成果を残すのは悪いことではない」という考えが、「時間をかけられない人は評価できない」とか、「能力が低い人は、時間でカバーするのが当然」という発想につながりがちなところです。

経営的な観点からすると、以前は「長時間労働に耐えられる人だけが生き残ればいい」という考え方でもやっていけたかもしれません。ですが今は労働力の不足という観点から、育児や介護など時間的制約があるような人にも力を発揮してもらう必要が出てきています。時間的制約ゆえにアウトプットが少ない場合、その分報酬は下げたとしても、能力評価を下げてはいけません。もし同じことを少ない時間でできているのであれば、むしろ生産性が高く優秀だと評価する。そのように考え方を変えないと、いろいろな人が活躍する可能性を阻んでしまいます。

個人の育成やキャリア形成という面では、新人にはまず生産性の高い仕事の方法を教えていくという風潮に変わっていってほしいものです。電通の高橋さんは新卒1年目の社員だったということで、スキルは低くて当然なわけですが、それを長時間労働で補おうとすれば、パワハラがなくても疲弊するでしょう。「何時までかかってもやれ」と言うのは今の時代に合いません。

さらに、「好んで長時間働く」タイプの人も、これからはかつてのように成果を出せなくなる可能性があります。広告代理店のビジネスが「メディアの広告枠(テレビ・ラジオのCM枠や新聞・雑誌の広告欄)を売る」という営業力の勝負から、メディアをどう使うかという企画やコンサルティング力の勝負へと大きく変わりつつあるからです。特に企画力・発想力は、長時間現場に張り付いていても高まるものではありません。自分の人生を豊かにできる人が、今後の広告業界で価値を出せるのではないでしょうか。

ゆっくりとしたペースながら、広告業界も変わっていく兆し

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Aさんは今という時期を、「広告業の矛盾が露わになっているタイミング」だと言います。世の中はテレワークや時短など、柔軟に働き方を選べる時代に向かっているけれど、本来は時代の先端にいるはずの広告業界は「前近代的」な考え方、働き方のまま。「クライアントを含むそれぞれの立場が連携して、改善していかなければいけない」と語ります。

Bさんは、トップダウンによる制度の変更よりも、個人個人の意識の変化が、業界全体の常識も変えていくと考えています。「今のような働き方では会社も先が長くない」、そう考える人が多数派になり、経営層の世代交代が進めば状況は変わるはず。ただし変化のペースはとてもゆっくりしたものだろう、というのがBさんの予想です。

Cさんは、普段はかなり忙しく働くタイプですが、2ヶ月の育休を取りました。男性の育休は社内でもまだまだ珍しいそうですが、自身の経験から、部下が育休を取りたいと言えばぜひ応援したいそう。また、今後の広告業界が発展していくためには、育休やパートタイム、プロジェクト単位での参加など、柔軟な働き方を可能にするしくみづくりが必要だと考えています。

「いつかは変わるよ」と言われても、今つらい状況にある人にとっては救いに感じられないかもしれません。「そんなにひどい労働環境なら辞めてしまえ」というアドバイスもありますが、広告業界で働く人は、何かしらの夢を持って業界に飛び込んだ人も多いと思います。だからこそ、日々の仕事が辛いという気落ちと、抱いていた夢や期待との間に折り合いを付けるのが難しく、深みにはまってしまうのではないでしょうか。

今悩んでいる人には、自分の組織の外に目を向け、Cさんのように、広告の仕事が好きだからこそ現状を変えたいと動いている人もいることを、ぜひ知ってほしいです。外の世界を知り、自分の状況を一歩引いて見つめることで、自分が本当にやりたいことは何なのか、そのために今の場所で頑張るべきなのか――、進むべき方向を見つけるヒントが得られるかもしれません。

亡くなった高橋さんのご冥福をお祈りいたします。

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