2017年2月2日 更新

入社3年で転勤妻として渡米。キャリアの分断を乗り越えたママが、週3だけ働く人気ライターになるまで

小さくても自分らしい仕事を積み重ね、「ナチュラルキャリア」でありたい。

203 view

(この記事は「LAXIC」より転載、編集しています。)

ラシク・インタビューvol.67

フリーランスライター 宮本 さおりさん

転勤妻の悩みのひとつ、それは「キャリアの分断」。それまでに積み重ねてきた実績を、夫の転勤によって諦めなければならないという喪失感やジレンマを感じてしまう方が多いようです。今回は、ご主人の海外転勤に伴って渡米し、その後も地方への帯同を経て、現在、東洋経済オンライン・AERAなど人気媒体でライターとして活躍している宮本さおりさんに、海外滞在中の生活や活動、そして帰国後のモヤモヤなど、「転勤妻」ならではの悩みから、人気の媒体でライターとして活躍するまでをお話しいただきました。

バリバリ働く新聞記者時代から一転、専業主婦に。 「なんで私こうなっちゃったんだろう…」と涙することも

シカゴ時代の宮本さんとお子さま

シカゴ時代の宮本さんとお子さま

LAXIC編集長 宮﨑(以下、宮﨑): 最初の就職は新聞社でしたよね。入社当初は、結婚後もバリバリと働くつもりだったのですか?

宮本さおりさん(以下、宮本): はい、自分が寿退社するなんて全く思っていませんでした。就職氷河期と言われる2000年に地元の新聞社に入社し、3年経って徐々に仕事がのってきた頃、夫と出会い3ヶ月で婚約を決めて半年後には結婚したんです。

宮崎: 電撃的な出会いだったわけですね。

宮本: そうですね(笑)。当時、私の生活の大半を仕事が占めていましたし、実家暮らしだったので家事はまったくできず、仕事と家事の両立なんてできるの?と、疑問に思ったんです。ちょうど夫が海外の大学院に行くという話が出ていたこともあり、思い切って退職し専業主婦になりました。

その後、すぐに妊娠はしたのですが、産後2か月で夫が先に渡米。そこから数か月は日本で子どもと2人きりの生活で、ホルモンバランスの影響もあったのか「なんで私こうなっちゃったんだろう」とポロポロ泣いてたときもありましたね。

その後、子どもと共にアメリカ・シカゴに渡米するのですが、いざ生活が始まってみると私は英語がまったく話せないし、夫は研究にまい進しなければいけない。 転勤族によくあることですが、夫にはそこにいる目的や意味があるけど、私(妻)にはないんです。

宮崎: 渡米後はどんな生活を?

宮本: 最初は、朝起きて子どもの世話をしながら掃除をし、料理作り…と、常に次の食事のことを考える生活でした(笑)。アメリカのおやつはヘルシーではないので、おやつも手作り・・・となると家事と子育てとスーパーへの移動で一日が終わるわけです。日々子どもの成長は嬉しいのですが、仕事のような新しい出会いや対外的なワクワク感はない生活。「せっかくシカゴまでに来てるのに、何かを失った感じ」を常に抱いていました。

巣篭りから脱出、留学生の妻の会をきっかけに「とにかく外に出て行った」

当時、シカゴで住んでいたマンション前で

当時、シカゴで住んでいたマンション前で

宮崎: 家庭に籠っていた生活から、一転。外に出て、記事も書くようになるとのことですが、何がきっかけだったでしょうか。

宮本: アメリカは社会人になってから大学院に行く人が多く、留学生にも家族がいるわけなんです。渡米して半年くらい経った頃、韓国人留学生の奥様が「留学生の妻の会を作りたい、だから一緒にやってくれないか」と提案してくれたんですね。私は英語がほとんどできないからと最初は渋ったのですが、「外に出たほうが絶対しゃべれるようになるから!」と、ものすごい熱い想いで巻き込んでくれたんです。

そして、13カ国の奥様たちが集まったんですね。最初はお茶をしているだけだったのですが、ある時、自国の紹介プレゼンをしようということになったんです。資料もワードやパワーポイントで作るのですが、皆さんとても優秀でポシティブ。ここは負けちゃいけないと、私にもスイッチが入りました。

「留学生の妻の会」で出会った皆さんとは、シカゴの観光地を巡ったり旅行にも行きました。待ち合わせ時間に全然来なかったり、イスラム教徒の友人からは突然「お祈りをしなければいけないから」と言われたり、異文化を肌で感じることもできました。面白かったですね。

この出会いがなかったら、私の生活はただただ毎日のルーティーンで終わっていたと思います。他者と出会う喜びや大切さを改めて感じることができたし、英語力もつきました。

閉じこもらずに出て行ったということが、ファーストステップとして大きかったですね。

宮崎: 転勤妻の奥様の中には、閉じこもっている人も多いわけですよね。

宮本: 奥さまが行き詰まって鬱になってしまい、帰国される方もいるんです。結局、家族が元気でいないと、旦那さんも家のことが気になっちゃって実力を発揮できないと思うんです。仕事などのプレッシャーに耐えるためには、帰ってきたら明るく迎え入れてあげるって、家族として一番大切なこと。それを保つためにも奥さんが生き生きできる環境は大事だと思いますね。

宮崎: 転勤妻を経験している宮本さんがおっしゃると説得力がありますね。旦那様の転勤のせいで私は仕事できない、と悶々と悩む人も多いと思うので。

宮本: もちろんそれはあります。でもそれ以上に、「転勤のせいで仕事ができない」という事ばかり考えていたら、そこから脱出はできないと思うんです。シカゴで専業主婦をやっていた当初は、私自身、仕事人としてはかなりスペックが落ちているのではないかという気持ちが強かった。でも、外の人と交流してみたら、「意外と私できるのでは」と思い始めたんです。

お金のためじゃなく、「仕事のカンを取り戻すためになにかをする」ことが大切

 (8471)

宮崎: 海外転勤妻の中には、ビザの関係で仕事ができなくて悩んでいる人も多いようですね。お金を稼がなくてもなにかやったほうがいいのでしょうか?

宮本: やったほうがいいと思います。お金の問題じゃない、仕事のカンを取り戻すのが先決かなと。私はF2ビザで就労ビザがなかったので、シカゴにいたころはほぼボランティアで記事作成やインタビューを行いました。ボランティアだと万が一失敗してもやり直させてもらえますが、いきなり仕事だと許されない。だから 仕事の勘を取り戻すためにはボランティアからでもいいかな、と思ったんです。

渡米後3年した頃にまずは、US新聞ドットコムという媒体で、季節に一本くらいというかなりスローペースでしたけれど、自分の子育てや生活を書きはじめました。ある時、そこの編集長から、シカゴ映画祭の日本映画出品作のインタビュー記事をやってみないかという話をいただいて、あるプロデューサーにインタビューしたんです。それがもうすっごく楽しくて!インタビューの面白さを改めて思い出した感じでしたね。その後、シカゴの総領事インタビューなどもさせてもらいました。

宮崎: 今の仕事にどんどん近づいてきましたね。当時、一緒に行動していた各国の留学生の妻たちも宮本さんのように色々活動されていたのですか?

宮本: 当時、一緒に活動していたメンバーは、とにかく育児を全力でやっていました。ボランティア活動なども、何かしらしていたと思います。旦那さんが大学院を卒業した後に、自身も大学院に入った人もいますね。彼女たちは、育児も全力で「やり切った感」があるんです。全力でやったからこそ、「無駄な時間なんてない」という気持ちの余裕があるんですね。

宮崎: 「やり切った感」はすごく大事ですよね。ブランクなく、ずーっと働いてると、子育ての「やり切った感」は薄れる気がします。

宮本: そうなんですよね。でも、やっぱりキャリアが分断したときって喪失感って半端ないんですよ。この決断がよかったのか、それこそ「この人と結婚してよかったのか?」とまで思っちゃうことさえありました。でも、思い返せばシカゴで過ごした時間は本当に意味があったと思えます。シカゴ時代がなかったら、もしかしたらペンを持つことをしていなかったかもしれない。いろいろな国の人の子育てを見てきたからこそ、依頼がくれば海外の子育て事情などの記事も「書けます!」と手を挙げられます。悶々としたこともありましたけど、得たことのほうがはるかに多かったと思います。

      

      

24 件

この記事を読んだ人におすすめ

子どもとの時間のためにとった思い切った選択【ボッティング大田朋子さんのくらし方・働き方・後編】

子どもとの時間のためにとった思い切った選択【ボッティング大田朋子さんのくらし方・働き方・後編】

ボッティング 大田 朋子さんへのインタビュー後編では、今の仕事を始めたきっかけとこれからやりたいこと、親子ですごす時間を作るためにとったある行動について伺います。
やつづか えり | 298 view
子どものため、そして自分のためにスペインからイギリスへ移住【ボッティング大田朋子さんのくらし方・働き方・前編】

子どものため、そして自分のためにスペインからイギリスへ移住【ボッティング大田朋子さんのくらし方・働き方・前編】

大学時代の海外インターンをきっかけに海外生活を続けているボッティング大田朋子さんに、これまで住んだ場所のことや、家族と仕事への思いを伺いました。前・後編に分けてお届けします。
やつづか えり | 530 view
仕事が大好きで、子どもを持つのはあきらめていた ライフスタイル・ジャーナリスト吉野ユリ子さん・前編

仕事が大好きで、子どもを持つのはあきらめていた ライフスタイル・ジャーナリスト吉野ユリ子さん・前編

出版社で激務をこなしていた吉野さんが、子育てしながらの働き方にたどりつくまで
鈴木 せいら | 775 view
パートナーに出会い、定住を決意。クロアチアにいながら日本の仕事をする田口さんの日常

パートナーに出会い、定住を決意。クロアチアにいながら日本の仕事をする田口さんの日常

日本とクロアチアを行き来しながらの「くらしと仕事」とは?
鈴木 せいら | 259 view

この記事のキーワード

この記事のライター

LAXIC LAXIC