2017年9月9日 更新

4人のフリーランスITエンジニアたちが見つけた、それぞれの新しい働き方

複業、移住した田舎での活動など、仕事の可能性を広げるエンジニアたちがいます

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株式会社PE-BANKでは、フリーランスのITエンジニアを対象に、フリーランスになって叶えた夢や、ライフスタイルの変化、現在の取り組みなどから、「PRO of PRO Engineer」を選出するアワード「ワークスタイルリフォーム ビフォー・アフター大賞」を開催。ノミネートされた4人からは、エンジニアの枠に留まらない「それぞれの新しい働き方」が語られたほか、前グーグル日本法人代表取締役社長、現アレックス株式会社代表取締役兼CEOの辻野晃一郎さんによる特別講演も実施。企業と人、それぞれが模索するべき「日本の働き方」について語られました。

 

 

独立は不本意だった。後ろ向きの挑戦者――宮川洋さん

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宮川洋さんは、開発エンジニア、ネットショップオーナー、セミナー講師、著述業と4つの顔を持つフリーランスエンジニア。しかし、独立したのは「仕方なく」というネガティブな理由だったそうです。

「それまでは組込み系の開発をしていましたが、理系出身でもなく、技術力に自信がありませんでした。そこで、人事教育のベンチャー企業へ異動を希望したんです。しかし、ここでも成果はあがらず、たった2年で再び開発へ戻ることになりました」

2年間ではキャリアとして認めてもらえず、開発へ戻るしか道がなかったそうです。しかし、転職活動もすんなりとはいかず、最終的には独立することに。

「独立したくなかったのが本音です。フリーランスで生活できるとは到底思えなかった。とにかく不安で仕方なかったのですが、ここで役に立ったのが『PMP(プロジェクトマネジメントプロフェッショナル)』の資格。この資格が某大手企業の目に留まり、仕事を請け負うことが決まりました」

順調な滑り出しのように思えた宮川さんですが、ここでリーマンショックによる不況の波に襲われます。

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「徐々に収入も安定してきたところで、リーマンショックによる不況が直撃。同じ請負の仲間が切られていき、とうとう自分1人になってしまったんです。そこで、『このままだとダメだ』と、本業とは別にネットショップ運営を考え始めました。インターネット上で場所と時間を選ばない仕事なら、副業として成り立つと思ったからです」

ネットショップ運営で少しずつ利益が出始めると、「開発以外でもできる仕事がある、ということに気付けてとても嬉しかったです」と宮川さん。さらにネットショップの運営元から、「公認講師になりませんか?」というお誘いが。

「講師の仕事内容は、ネットショップ運営を始めたばかりの人たちへ、スキルやアドバイスを行うもの。しかし、ネットショップでの利益なんて微々たるものでしたから、私に講師が務まるのか不安でした」

引き受けるかどうか悩んでいたところ、公認講師の研修が近所で行われることが判明。「これも何かのご縁かも」と思い切って参加したそうです。そこで公認講師の資格を取得して、セミナー講師としても働くことに。するとここで、2年間在籍していた人事教育でのスキルが活きてきたそうです。

現在は50都市でセミナーを開くまでに成長した宮川さんは、さらに、ネットショップ運営で培ったノウハウを1冊の本にして出版もしました。

「フリーランスになった当初は、前向きではありませんでした。開発はやりたくないのにやっていたし、リーマンショックで仕方なくネットショップ運営を始め、講師は近所での研修があったから参加したわけで……。しかし、ネガティブな思考から、だんだんとポジティブな思考で仕事へ取り組めるようになりました。独立後は不安ばかりで、自分と家族の生活を中心に考えていましたが、今では、出会う人々に『ありがとう』と感謝をしています。不安や怖さをチャンスとして考えられるようになり、私の仕事が『自分と同じような境遇の人の助けになればいい』と思えるようになりました」

 

「Yes,and」は魔法の言葉――飯田幸孝さん

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幼い頃から宇宙にあこがれていた飯田さんは、現在、「宇宙エレベーター」の開発に参加する一方で、新人技術者育成やIoT研究会も主宰しています。そんな彼の転機は、「Yes,and」という言葉との出会いだったそうです。

「初めての転職は40歳の時。当時は、先端技術開発のエンジニアとして働いていましたが、短期的なサイクルに巻き込まれて身も心も疲れてしまったんです。若いエンジニアに対抗心もあって、意地になっていた部分もありました。次第に閉塞感を感じ始めた頃、社外の友人から、『宇宙旅行を企画する会社を立ち上げるから、参加しないか』と声がかかったんです」

幼い頃からの夢に携われるとワクワクする一方で、すでに46歳だったこともあり、年齢的なリスクの大きさに悩んでいたところ、家族の温かい応援がきっかけになり、参加することを決意したそう。しかし、この仕事はリーマンショックにより、わずか1年で頓挫することに。「生活するためには、エンジニアに戻るしかない」と、再びソフト開発の世界へ戻ります。

「エンジニアとしてはシニア世代、さらに夢も半ばで頓挫してしまいました。こうした数々の失敗を振り返って気づいたのは、自分がコミュニケーション不足であること。そこで、技術の研鑽以外にも経営の勉強に励みました。そして出会ったのが『Yes.and』という言葉です」

人との会話の中で、相手を否定しないこと。「NO」と言わずに、受け入れるという意味だそう。この言葉に重みを感じた飯田さんは、コミュニケーション以外でも、この「Yes,and」を実践するようになったと言います。

「自分に起こったことに対して、まずはすべて受け入れることにしました。そして、その中にある選択肢の中でベストを尽くし、行動を起こすことにしたんです。すると、再び『宇宙』と関われることになりました」

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それが「宇宙エレベーター」の開発だそう。宇宙エレベーターは、地上と宇宙をつなぐ輸送機関のことで、近年の飛躍的な技術進歩にともない、実現が十分可能なものとして開発が進められています。

「もの作りの楽しさとはまさにこれだ! という喜びを実感しています。利益はまったくありませんが、エンジニアとして楽しい日々を過ごすことができています」

さらにもうひとつの出会いが、技術者育成のためのセミナー講師でした。講師になることはまったくの予定外だったそうですが、これも「Yes,and」の精神で受けることに。

「私のような『ロートルエンジニア』に、講師が務まるのか不安でしたが、若い人たちが目をキラキラさせながら熱心に耳を傾けてくれるのを見ると、『伝えることの大切さ』を感じました」

宇宙エレベーターの開発とセミナー講師という2つの仕事を掛け持ちしている飯田さんですが、フリーランスであるがゆえのリカバリーの難しさを痛感し、改めて組織の重要性を再認識したそう。そこで、IoT研究会を主宰。集まったメンバーでノウハウやスキルを蓄積して共有し、ビジネス形成を考えているとか。他にもシニアエンジニアにフォーカスしたアイデア研究会も開催しているそうです。

「私が現在のようにアグレッシブに動けるようになったのは、夢、思い、仲間の3つが満たされて『こころエンジン』が始動したからです。このエンジンが正常に働くことで、素晴らしいエンジニアライフを送ることができています。「宇宙エレベーター」の完成予定は2050年。私もそれまでエンジニアであり続けたいと思います」

 

副業で一生現役を目指す――小林克徳さん

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それまで会社でSEをしていた小林さんは、中間管理職になるとプロジェクトの掛け持ちなどで精神的に大きく疲弊してしまい、自分の限界を感じてフリーランスSEになることを決意したそう。現在は、デザイナー、ギター職人兼講師と複数の肩書を持つ小林さんですが、そこには、「一生現役で働き続けたい」という強い思いがありました。

「フリーランスになると、会社というくくりがなくなったので、スケジュールを自分でコントロールすることができるようになりました。家族との時間が持てるようになったし、昔やっていたバンド活動もできるようになった。しかし、その反面、『このまま一生SEを続けられるのか』という漠然とした不安がつきまとうようになったんです。そこで、エンジニア以外の仕事も模索するべきではないかと考えて、副業を視野に入れることにしました」

そこで、「SE以外で自分に何ができるか」を考え始め、まずはスキルの棚卸しをすることに。すると出てきたのは、「絵が好き」「ギターが弾ける」「DIYが好き」の3つだったそう。さらに、「これらを仕事にするには、それぞれに『資格』と『実績』が必要だと考えました」と小林さん。

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「絵が好きだったので、『デザイナーはできるかな?』と思って、まずはカラーコーディネーターの資格を取得しました。その後は、クラウドソーシングサイトなどのコンペへ参加して、案件をもらうように。今ではイラストを描くのが好きな長女と一緒に仕事をしています」

次にトライしたのは、「ギターが弾ける」ことから、動画サイトに自分の演奏をUPして実績を作ること。そこで、とあるアニメの曲をギターで弾いたところ、なんと視聴回数が30万以上に。これを実績として、ギター講師としても仕事をするようになったと言います。ギターについては「教える」以外にも「作る」ことにまで手を伸ばしたそう。

「ギターを作れるようになりたかったので、専門学校の説明会を訪れました。しかし、そこには夜間コースが無くて一度は諦めたのですが、半年後に夜間コースができたという案内が届いたんです。そこで妻と相談して、入学を決めました」

卒業後は自宅でギター工房を開設した小林さんは、「自身が住んでいる『東北』をモチーフにしたギターを作ることを思いついた」と言います。

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「『東北ずん子』という東北のイメージキャラクターを使うことにしました。このキャラクターは、東北の企業であれば無償で使えるものだったので。そのギターが思わぬ反響を受けて、ギターの受注もちらほらと舞い込むようになりました。もともとはSEであった私が、これだけの副業をこなすのも、『一生現役でいたい』という思いがあるからです。現在の仕事にとらわれず、人生の棚卸しをすることで見えてくる仕事が、皆さんにも必ずあると思います」

 

田舎×ITで画期的なプロジェクトを――藤原貴博さん

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ノミネートされた4人の中から見事大賞に輝いたのが、田舎暮らしとITを融合させたプロジェクトを次々と企画して実行している藤原貴博さん。3年前からIターンで兵庫県の佐用町へ移り住んでいます。

「新卒で入社した銀行系SIで働いていたのですが、自分のやりたいことができずに、思い切ってITベンチャー企業へ転職。そこではシステムコンサルティング、ユーザーの運用支援、インフラ構築などを学びました。さらに社内ベンチャー制度で、手作りのドッグフードを販売する会社も立ち上げたんです」

それが現在、藤原さん1人で経営をしているDTFジャポン合同会社です。今ではドッグフードの販売に、会社で培ったスキルをもとにしたIT関係の仕事も加えているとのこと。そんな藤原さんが「田舎暮らし」を考えたのは、東日本大震災がきっかけだったそう。

「当時は東京で仕事をしていたのですが、地震により交通機関がマヒしてしまい、5時間かけて自宅へ帰りました。これがきっかけで、妻子の身の安全なども真剣に考えるようになり、『田舎へ移住する』という選択肢を思いつきました」

そして、3年前に兵庫県にある佐用町へ移住。そこで、農業とITをからめて何かできないかと、さまざまなプロジェクトを企画するようになったそうです。

「数ある田舎の中でも、佐用町へ移住を決めたのは、Iターン対象者への補助金制度があるなど、手厚い支援があったことです。それまでの暮らし方とは180度変わりました。首都圏と比べれば不便な部分もありますが、田舎ののんびりとした暮らしはとても快適です。現在は、農業×ITをモットーにさまざまなプロジェクトを立ち上げていますが、ITベンチャー企業で学んだノウハウが今の仕事にすべて活きています」

そう語る藤原さんは、地元の理化学研究所(Spring-8)でDBオペレーターとして働くかたわら、近所の農家の人たちと農業の6次産業化を企画し、佐用町の野菜や果物を販売したり、ごはんソムリエの資格を取得して地域の米の格付けをしたりと、佐用町の活性化に尽力しているそうです。

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「ボランティア活動や、定住促進支援活動なども行っています。他にも、無人で畑を耕せるプロジェクトや、野良仕事とエクササイズを合わせたプロジェクトなども画策中。田舎にはまだまだ未知の可能性がたくさん潜んでいます。皆さんにも田舎の良さをぜひ知ってほしいですし、こうした企画で地方が活性化して、過疎化を食い止めることができればいいと思っています」

 

自分のスキル+好きなこと=無限の可能性

今回ノミネートされた皆さんは、フリーランスエンジニアという枠を超えて、さまざまな仕事にチャレンジしています。それぞれの仕事はまったく違いますが、自身のスキルを活かしたり、それまでの自分に足りないものを補ったりして、そこから何か新しいものを見つけていくという姿勢は、皆さんに共通している部分。

また、この姿勢はエンジニア以外のフリーランス、専業を問わず、「ずっと働き続ける」という人たちにとって、とても大切なことだと思いました。挫折から何を学ぶのか、自分に足りないものは何か。「働き方」にゴールはありません。常に模索し続けることで、仕事はもちろん、人生を充実させるカギになるのではないでしょうか。

後編では、前グーグル日本法人代表取締役社長、現アレックス株式会社代表取締役兼CEOの辻野晃一郎さんによる特別講演をご紹介します)

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