2017年7月4日 更新

4人のフリーランスITエンジニアたちが見つけた、それぞれの新しい働き方

複業、移住した田舎での活動など、仕事の可能性を広げるエンジニアたちがいます

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株式会社PE-BANKでは、フリーランスのITエンジニアを対象に、フリーランスになって叶えた夢や、ライフスタイルの変化、現在の取り組みなどから、「PRO of PRO Engineer」を選出するアワード「ワークスタイルリフォーム ビフォー・アフター大賞」を開催。ノミネートされた4人からは、エンジニアの枠に留まらない「それぞれの新しい働き方」が語られたほか、前グーグル日本法人代表取締役社長、現アレックス株式会社代表取締役兼CEOの辻野晃一郎さんによる特別講演も実施。企業と人、それぞれが模索するべき「日本の働き方」について語られました。

 

独立は不本意だった。後ろ向きの挑戦者――宮川洋さん

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宮川洋さんは、開発エンジニア、ネットショップオーナー、セミナー講師、著述業と4つの顔を持つフリーランスエンジニア。しかし、独立したのは「仕方なく」というネガティブな理由だったそうです。

「それまでは組込み系の開発をしていましたが、理系出身でもなく、技術力に自信がありませんでした。そこで、人事教育のベンチャー企業へ異動を希望したんです。しかし、ここでも成果はあがらず、たった2年で再び開発へ戻ることになりました」

2年間ではキャリアとして認めてもらえず、開発へ戻るしか道がなかったそうです。しかし、転職活動もすんなりとはいかず、最終的には独立することに。

「独立したくなかったのが本音です。フリーランスで生活できるとは到底思えなかった。とにかく不安で仕方なかったのですが、ここで役に立ったのが『PMP(プロジェクトマネジメントプロフェッショナル)』の資格。この資格が某大手企業の目に留まり、仕事を請け負うことが決まりました」

順調な滑り出しのように思えた宮川さんですが、ここでリーマンショックによる不況の波に襲われます。

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「徐々に収入も安定してきたところで、リーマンショックによる不況が直撃。同じ請負の仲間が切られていき、とうとう自分1人になってしまったんです。そこで、『このままだとダメだ』と、本業とは別にネットショップ運営を考え始めました。インターネット上で場所と時間を選ばない仕事なら、副業として成り立つと思ったからです」

ネットショップ運営で少しずつ利益が出始めると、「開発以外でもできる仕事がある、ということに気付けてとても嬉しかったです」と宮川さん。さらにネットショップの運営元から、「公認講師になりませんか?」というお誘いが。

「講師の仕事内容は、ネットショップ運営を始めたばかりの人たちへ、スキルやアドバイスを行うもの。しかし、ネットショップでの利益なんて微々たるものでしたから、私に講師が務まるのか不安でした」

引き受けるかどうか悩んでいたところ、公認講師の研修が近所で行われることが判明。「これも何かのご縁かも」と思い切って参加したそうです。そこで公認講師の資格を取得して、セミナー講師としても働くことに。するとここで、2年間在籍していた人事教育でのスキルが活きてきたそうです。

現在は50都市でセミナーを開くまでに成長した宮川さんは、さらに、ネットショップ運営で培ったノウハウを1冊の本にして出版もしました。

「フリーランスになった当初は、前向きではありませんでした。開発はやりたくないのにやっていたし、リーマンショックで仕方なくネットショップ運営を始め、講師は近所での研修があったから参加したわけで……。しかし、ネガティブな思考から、だんだんとポジティブな思考で仕事へ取り組めるようになりました。独立後は不安ばかりで、自分と家族の生活を中心に考えていましたが、今では、出会う人々に『ありがとう』と感謝をしています。不安や怖さをチャンスとして考えられるようになり、私の仕事が『自分と同じような境遇の人の助けになればいい』と思えるようになりました」

 

「Yes,and」は魔法の言葉――飯田幸孝さん

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幼い頃から宇宙にあこがれていた飯田さんは、現在、「宇宙エレベーター」の開発に参加する一方で、新人技術者育成やIoT研究会も主宰しています。そんな彼の転機は、「Yes,and」という言葉との出会いだったそうです。

「初めての転職は40歳の時。当時は、先端技術開発のエンジニアとして働いていましたが、短期的なサイクルに巻き込まれて身も心も疲れてしまったんです。若いエンジニアに対抗心もあって、意地になっていた部分もありました。次第に閉塞感を感じ始めた頃、社外の友人から、『宇宙旅行を企画する会社を立ち上げるから、参加しないか』と声がかかったんです」

幼い頃からの夢に携われるとワクワクする一方で、すでに46歳だったこともあり、年齢的なリスクの大きさに悩んでいたところ、家族の温かい応援がきっかけになり、参加することを決意したそう。しかし、この仕事はリーマンショックにより、わずか1年で頓挫することに。「生活するためには、エンジニアに戻るしかない」と、再びソフト開発の世界へ戻ります。

「エンジニアとしてはシニア世代、さらに夢も半ばで頓挫してしまいました。こうした数々の失敗を振り返って気づいたのは、自分がコミュニケーション不足であること。そこで、技術の研鑽以外にも経営の勉強に励みました。そして出会ったのが『Yes.and』という言葉です」

人との会話の中で、相手を否定しないこと。「NO」と言わずに、受け入れるという意味だそう。この言葉に重みを感じた飯田さんは、コミュニケーション以外でも、この「Yes,and」を実践するようになったと言います。

「自分に起こったことに対して、まずはすべて受け入れることにしました。そして、その中にある選択肢の中でベストを尽くし、行動を起こすことにしたんです。すると、再び『宇宙』と関われることになりました」

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それが「宇宙エレベーター」の開発だそう。宇宙エレベーターは、地上と宇宙をつなぐ輸送機関のことで、近年の飛躍的な技術進歩にともない、実現が十分可能なものとして開発が進められています。

「もの作りの楽しさとはまさにこれだ! という喜びを実感しています。利益はまったくありませんが、エンジニアとして楽しい日々を過ごすことができています」

さらにもうひとつの出会いが、技術者育成のためのセミナー講師でした。講師になることはまったくの予定外だったそうですが、これも「Yes,and」の精神で受けることに。

「私のような『ロートルエンジニア』に、講師が務まるのか不安でしたが、若い人たちが目をキラキラさせながら熱心に耳を傾けてくれるのを見ると、『伝えることの大切さ』を感じました」

宇宙エレベーターの開発とセミナー講師という2つの仕事を掛け持ちしている飯田さんですが、フリーランスであるがゆえのリカバリーの難しさを痛感し、改めて組織の重要性を再認識したそう。そこで、IoT研究会を主宰。集まったメンバーでノウハウやスキルを蓄積して共有し、ビジネス形成を考えているとか。他にもシニアエンジニアにフォーカスしたアイデア研究会も開催しているそうです。

「私が現在のようにアグレッシブに動けるようになったのは、夢、思い、仲間の3つが満たされて『こころエンジン』が始動したからです。このエンジンが正常に働くことで、素晴らしいエンジニアライフを送ることができています。「宇宙エレベーター」の完成予定は2050年。私もそれまでエンジニアであり続けたいと思います」

 

 

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