2016年12月7日 更新

香川県丸亀市と千葉県流山市地域創生とコミュニティ作りに熱い情熱を注ぐ「すごい母娘」

香川県から海外に向けて四国の魅力を発信する母・尾崎美恵さんと、千葉県流山市で起業し、地域コミュニティづくりや起業支援に奮闘する娘・尾崎えり子さん。「すごい母娘」の過去から現在についてインタビューしています。

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(この記事は「LAXIC」より転載、編集しています。)

ラシク・インタビューvol.62

四国夢中人 尾崎 美恵さん / (株)新閃力代表取締役 Tristオーナー 尾崎 えり子さん

四国の香川県と千葉県流山市。この2つの都市で地域の創成やコミュニティ作りに携わる2人の女性がいる。この2人の女性、実は母娘。お母様の美恵さんは、20年の専業主婦を経て43歳の時に一年発起し、フランス語を学ぼうと大学院へ。その後、フランス語講師を経て、導かれるように四国とフランスをつなげる活動に邁進していく。美恵さんが1人ではじめた「四国夢中人」という活動は、EUの大統領との面会へと繋がり、「すごいお母さん」として大ブレイク。

一方、ブログに「ママ、EUの大統領と会ってくるわ」のタイトルで美恵さんのエピソードを載せ、「すごいお母さん」ブレイクのきっかけを作ったのは娘のえり子さん。自身の育休中に副代表としてNPO法人コジカラ・ニッポンを立ち上げた後、自ら会社を立ち上げ、近年「子育てがしやすい街」として知られる千葉県流山市で民間学童「ナナカラ」の立ち上げに関わり、市主催の女性起業家スクール講師を行う他、今年5月には通勤時間の削減と地域コミュニティの形成を目的としたシェアオフィス「Trist」を設立。居住地で「働く」様々な選択肢を提供しようと奮闘中です。2人とも、柔らかな雰囲気の中に熱い想いを持つ行動派。今回はお母様美恵さんが43歳で大学院生になったこと、えり子さまの子ども時代の話から、お2人の現在の活動、今後の夢を伺いました。

子どもを育てることと、個人として自分がやりたいことは違う 43歳で岡山大学仏文研究科の大学院生に!

左)尾崎 美恵さん、右)尾崎 えり子さん

左)尾崎 美恵さん、右)尾崎 えり子さん

LAXIC編集長 宮﨑(以下、宮﨑): 43歳で岡山大学の大学院に入られるまで、20年ほど専業主婦として過ごされていますよね。

尾崎 美恵さん(以下、敬称略。美恵): 結婚をし子育てをしていく中で、心の中にあったマグマが日常生活の中で埋もれていく感じはありました。「妻」であり「母」であり「嫁」である。今までの女性はそのどれかの中で自分らしさを発揮していったのだと思うのですが、 「自分」とは何なのか、この世に生まれてきた証のようなものが欲しいと思っていたんです。子どもを育てることと、個人として自分がやりたいことは違う。大学院に行こうと決めた時に、埋もれていた20年分のマグマが一気に爆発した感じですね。

夫はずっと、私が心に秘めていたマグマに毛布をかけたり、消火器で消していたと思うのですが、もう抑えられないところまで来ていたんでしょうね(笑)。

宮﨑: 専業主婦時代も家の中にはCNNが流れ、英字新聞を読み、有線でいつでもフランス語か英語のチャンネルが流れる外国にしていたとか。

美恵: 空間だけでも「妻・嫁・母」でない居場所を作っていたんです。そこだけが本当の自分の居場所でした。夫がいない間は家の中を外国にし、夫が帰宅するとそこは日本に戻るわけです(笑)。

宮﨑: 大学院に行こうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか。そして、その時ご家族はどんな反応を?

美恵: 長男の幼稚園で出会ったシスターがフランス語を教えていて、30歳でフランス語と出会いました。その頃、3人の子育ての真っ最中で、フランス語の勉強が気晴らしであり、シスターと一緒にいる時間が「妻・嫁・母」ではない、自分の時間だったんです。家庭ではない世界に自分を置きたかったんですよね。それがたまたまフランス語だったというわけです。

子ども達にとっては、大学院と言ってもよく分からないし、夫は「家のことをできるなら行けばいい」と言ってくれたんですね。「家のことができれば」ということは、できなければダメなわけですよ。だから、とにかく必死で家事・育児・勉強をしましたね。両立ができない限り、勉強は続けられないわけですから。「専業主婦」がおろそかになるなら続けられないと、ガッツが入りました。

宮﨑: 香川から岡山までは1時間半。遠距離通学をしながら、家事・育児と勉強の両立は相当大変なことですよね?

美恵: 瀬戸大橋ができるまでは、四国の人が本州に通うのは4時間かかっていたわけですよ。1時間半で行ける場所にフランス語を学べるアカデミックな場所があるというのは、夢のような話なわけです。そんな状況が整ったら、もう渡るしかありません(笑)。今までの生活と変わった感じがしないように家事も育児も勉強も頑張っていました。

一番大変だったのは、義父の介護と長男の大学受験、そして自分自身の修士論文の執筆が重なった時。自分が壊れたら家庭が壊れてしまうし、それぞれの人生がかかっているわけですよ。だからもう、本当に頑張りました。でも頑張ると極限値というのは普通になるんですよ。あの時を考えると今の大変さってたいしたことないんです。あれは、自分自身が成長したターニングポイントでしたね。

小さな頃から目立ちたがりだった私に 母はいつも「すごいね」と応援してくれた

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宮﨑: お母様が一歩踏み出したことを、えり子さんはどう思われました?

尾崎 えり子さん(以下、敬称略。えり子): 「大学院」というところが何なのかよく理解できていなかったんです。だからただ「へえー」という感じでした。娘として感じる日々の生活は、母が専業主婦のころと変わりませんでした。当時、私自身も生徒会長や部活をやっていて、自分のことで精一杯だったのもあると思います。

宮﨑: えり子さん自身も、子どもの頃から活動的だったわけですね。

えり子: 小さい頃から人と違うことがしたい子どもだったんです。学校社会でうまくやっていけないことも多々あって、母は心配したことも多かったと思うのですが、ポジティブなことしか言いませんでした。目立つことが好きだったので、いろんなところに出て行ったのですが、いつも見に来てくれて「すごいね」と言ってくれるんです。何かやることを反対されたことはないですね。

宮﨑: お母様はえり子さんたちご兄弟についての進路は何と?

えり子: 香川には帰ってくるなとはよく言っていましたね。「香川に帰ってくるなら瀬戸大橋を爆破する!」と(笑)。人と違うことがしたい私には多様な人が集まり、変わった人も多い都会に出たほうがうまくいくと感じていたんだと思います。

宮﨑: 自分自身も母になった今、当時のお母様のことを振り返るとどうですか?

えり子: 自分が母になって初めて、頭があがらないと思いましたね。当時は、大学院に行っても、私たちに提供してくれるものは変わらないのが普通だと思っていましたから。子どもが2人でも大変なのに、3人を育てながら勉強しながら家族がその変化に気が付かないくらい家事をきっちりやるのは相当大変だっただろうなと思います。

「熱意」はあるけどお金も組織もない でも「したい」と思っていれば必ずできる

ジャパンエキスポ出展時

ジャパンエキスポ出展時

宮﨑: 大学院の後、フランス語講師を経て、四国を海外に売り込もう!と「四国夢中人」をはじめたんですよね。

美恵: フランス語教師としての研修でフランスに行った時に、日本のことが好きなフランス人がたくさんいることに驚いたんですよ。もう日本の文化が大好きで熱狂的なわけですが、四国のことは誰も知らないんです。だからこそ、フランスの人たちを是非四国に呼びたいと思いました。また、パリではフランス人たちがうどん店に列をなして並んでいるわけです。そんなにうどんが好きなら、本場の讃岐うどんを是非食べさせてあげたい!と。

宮﨑: そうやって「四国夢中人」 を一人で始めて、ジャパンエキスポにも出展するわけですね。

美恵: はい、讃岐うどんをフランスに人に知ってもらうには、当時日本のポップカルチャーの祭典として年々注目されていた「ジャパンエキスポだ!」と思ったんです。あっけないほど簡単に出展が決まりまして。でも決まってから「お金もかかるし、私うどん屋さんじゃないし、さてどうしよう」と・・・。

結果として四国運輸局からブース代を出してもらったり、香川県観光協会にパンフレット制作の費用を作ってもらって無事開催できたんですけどね。

*ジャパンエキスポ:2000年からフランス・パリやマルセイユ、アメリカ・サンマテオ等で開催している日本文化の総合博覧会のことで、2014年には24万人が来場。外務省は2013年から経済産業省・観光庁と共に参加している。日本からは80社ほどの企業が参加。

えり子: ジャパンエキスポに出ると聞いた1回目の時は、「お母さんが出店するようなイベントじゃない」と必死に止めたんです。「ジャパンエキスポは企業が出展するものであって、個人でするものではないから」と。でも、結果的にできたんですよね。その時、自分の常識で縛ってしまってはダメだなと思いました。私の中では、母はいつも打たれ弱いイメージなんです。家族のことになると、いつも緊張し、心配していましたから。でも、どうやら家族以外のことだとそうでもないみたいですね。

美恵: 娘は常に心配してくれているんですよね。ビジネスと社会の厳しさを知っているからだと思うんです。でも 私にとっては「やらないと分からない」んです。何の経験もないからいっちまうんですよ。で「あちゃー」って思って、それをひとつひとつ解決していく。その過程が、娘にとっては心配で仕方ないんだと思います。小さい頃とは立場が逆ですね。でもものすごくありがたいです。

私がやることはいつも「熱意」から始まり、お金もなければ組織もないんですよ。でも、方法はいくらでもあって、「したい」と思えば必ずできると思っているんです。

     

     

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