2017年2月17日 更新

夫婦のどちらも主役 協力し、尊重し合えるフリーランス起業家夫妻のくらしと仕事 ~前編~

夫がデザイナー、妻がWebディレクターとしてそれぞれ小さな会社を経営しながら、家庭ではふたりのお子さんを育てるパパとママでもある、中村克己さんと小沼光代さんにインタビューしました。

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webデザインを手掛ける株式会社フェスタ―の代表取締役であり、国酒支援NPOサケネスを運営する中村克己さんと、webディレクションを行う株式会社フラップ代表取締役の小沼光代さん。夫婦共にそれぞれの会社代表として活躍する一方で、一男一女(小学3年と保育園年中)の育児に奮闘する親の顔も持っています。
もともと仕事を通して知りあったというお二人は、それぞれが好きな仕事に打ち込んでいます。仕事を持つ夫婦が充実した暮らしを送るためのヒントが、お二人の話から見えてきそうです。

フリーランス×会社員夫婦、第一子誕生をきっかけに妻もフリーランスに

- 小沼さんがフリーランスのwebディレクターから、会社を興そうと思ったきっかけは?

小沼: 元々はずっと、会社員としてwebディレクターの仕事をしていて、環境が変わるまでは独立なんて考えたことがなかったんです。でも、2007年6月に長男が生まれて産休育休を取り、復職にあたって0歳10か月で保育園に入園させたのですが、子どもが全く園に慣れなかったんです。園では眠らない、哺乳瓶を受け付けない、離乳食も拒否。朝8時から夕方18時まで預けるつもりだったんですけど、まったく寝ない・飲まない・食べないではさすがに子どもの体力が持たないので「お昼ぐらいに迎えに来てください」と園から言われました。
そこで半休を取って迎えに行っていたのですが、そうするうちに有休もなくなり、会社にいるのも気まずくなってきてしまって……。9年前はリモートワークや「ママにやさしい働き方」なんて風潮はありませんでしたから、会社も困っていたと思います。
そして、夫から「あまりにも子どもがかわいそうだし、会社を辞めてフリーランスになったら?」と勧められました。


- 有給休暇がなくなるまで、どのぐらいの期間だったんですか?

小沼: 5月のゴールデンウィーク明けに復帰して、退職したのが7月。2カ月ぐらいですね。夫にも時々子どものお迎えに行ってもらっていました。

中村: 毎日じゃありませんけど、昼に園に迎えに行って、夕方まで時間をつぶしてましたね。ママじゃないと子どもが泣いちゃうんですけど、自転車に乗って走っている間は大丈夫なので、公園をグルグルと十何周もして。それはそれは長い時間だったので、よく覚えてます(笑)


- 中村さんが「フリーでやれば?」と仰った時は、「小沼さんならできるだろう」と思っていたんですか?

中村: うーん。僕は就職経験がないので、そもそも「どこかに就職する」というイメージがない。ですから、自分と同じようにやれば? と思ったんですね。

小沼: 私はすごく怖かったです。旦那さんが会社員・公務員という人ならいいかもしれませんが、うちはフリーランスだったので収入も上下がある中で、私の方は収入が安定した会社員を辞めてしまって、もしも二人同時に谷がきたらどうなるのかなって……。怖かったですね。


- 他に選択肢がなかった?

小沼: そうですね。子どもが、本当にかわいそうだったので。 私の思い込みかもしれないですけど、当時は夫が結構怒っていたような記憶があって。「私のこと、『こんなに子どもをほったらかして』と思っているのかな?」と感じていました。実際子どももすごくかわいそうで、その様子を夫はずっと家で見ているわけですよね。いたたまれない気持ちだったんじゃないかな、と。


- 中村さんは、お子さんと小沼さんと両方のことを思って勧めたのでは?

中村: 無理に会社員でいることのメリットが分からなくて。フリーランスには良いところ、悪いところありますけど、会社勤めもそうでしょうし。どっちの人も世の中にいるんだから、やがて「どっちもどっち」になっていくんだろうなと思っています。ですから、細かいところは気にせず、「選びたい方を選べばいいだろう」と思って。 それと、まず物理的に子どもをかまうための時間を作るべきだという考えはありました。「そのためにどうしたらいいか?」「会社を辞めてみたらどうなるか?」と。妻が子どもに会う時間も増えるし、あとは収入さえ何とかなればいけるんじゃないかと思いました。 そして、やはり妻はやれると思ってたんですよ。優秀でしたし。


- 小沼さんが優秀だとご存知なのは、クライアント企業のディレクターと委託先のデザイナーとして出会って、一緒にお仕事をしていたお二人ならではですね。

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第2子妊娠をきっかけにチーム化、やがて会社設立へ

- 小沼さんは会社を辞めてフリーランスのwebディレクターになられたわけですが、当時フリーでwebディレクターの人は他にもいましたか?

小沼: 周りにはいなかったですね。今でもディレクターでフリーは少ないと思います。


- どういう風にお客さんを獲得していったのでしょうか。

小沼: 最初は子どもを抱えて、しかもお昼ぐらいまでしか保育園に預けていられない状況で、何ができるのか分からなくて途方に暮れました。ですがまず営業をと思い、会社員時代のお客様に連絡しました。ところが、一年の産休・育休の間に退職されていてメールが戻ってきてしまったり……。そんな中でもバナー制作や原稿書きなど、月数万円程度の仕事から細々とやってました。


- そこからブレイクするポイントがあったのですか?

小沼: 子どもが保育園入園から半年ほど経ったころ、ようやく保育園に慣れてくれて。それで朝から夕方まで園にいられるようになったので、営業活動を本格化しました。ちょっとずつ顧客がついてきて、週に3回お客さん先に常駐するスタイルの仕事も始めました。
そうして何年か経った時に、下の娘を妊娠して。「せっかく獲得した仕事を全部手放してしまうのは勿体ない」と思い、前職で一緒に仕事をしたつながりの守屋さん(現フラップディレクター)を「フリーランスになって、一緒にチームを組まないか」と誘いました。それも夫がきっかけ。「人がいない、どうしよう」と困っていた時に「守屋さんは?」って言ったんですよ。彼女は当時会社員だったので辞める訳がないと思ったんですけど、話してみたんです。そしたら、本当に守屋さんは会社を辞めてフラップに来てくれた。

中村: 説得したんだよ。

小沼: 知らなかった(笑)


- 守屋さんを説得したポイントはなんだったんですか?

中村: 妻が守屋さんに話したら「仕事について自分なりに考える時期だった、興味はある」ということだったので「具体的な話を何度かして、シミュレートできたらイエスかノーを決めればいい」と。なので、フリーってこうだよ、こういう仕事・生活になって、こんな苦労もあればメリットもある……、といった具体的な情報を伝えました。

小沼: 守屋さんはその時1人目のお子さんが生まれたところで、会社に復帰していました。でもお子さんが早生まれだから認可園に入れず苦労していたことと、復帰後はWEBディレクターのポジションはなく営業職だったので、当然ながら他社員と同じようにノルマがあり、時短勤務のはずなのに保育園のお迎えが20時になってしまう状態で、「このままでいいのかな」と悩んでいたんですね。


- フラップはその時点では法人化していなかった?

小沼: はい。私に2人目ができて産休に入る間仕事を頼みたい、復帰後は2人体制でやろうと誘いました。


- そのユニット体制はしばらく続いたんですか?

小沼: そうですね。ですが、今度は守屋さんが2人目のお子さんを妊娠して、その時には仕事も2人分に増えていた。守屋さんが抜けたら私はどうしたらいいだろう、とまた次の人を連れてきて。
当時は会社にするというのは考えていませんでした。自分が十分な収入を得られて楽しく仕事ができて、一緒にやっている守屋さんもそうだったらそれでいいと思っていました。


- 会社にしようと決められた理由は何だったのですか?

小沼: 売上が増えたことが大きかったです。


- 現在のフラップの体制は?

小沼: 私の他に正社員が2人、事務アルバイトが1人。そして案件によっても違いますが、業務委託が5人ぐらい。


- 拡大してきましたね。

小沼: そうですね。

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仕事上も欠かせないパートナーだけど、公私は区別したい

- お二人でひとつの会社にしようというアイディアはなかったんですか?

中村: 嫌です(キッパリ)。

小沼: 一時期は、フェスタ―のディレクション部門を担う「チームフラップ」という位置づけで活動していたんですよ。
でも、私が公私の区別をつけるのが難しくて。今でも時々一緒の案件をやるんですけど、どうしてもデザイナーとディレクターって意見が対立しがち。仕事でそうだと家に帰りづらくなっちゃって。帰ってからどう接していいのか分からない、すごく難しかったです。


- 切り分けた方がやりやすい?

小沼: 私はそう思ってます(笑)


- 案件として「これはお願いしたらやりやすい」という場合もありますか?

小沼: 私が言うのも何ですが、夫はすごくかっこいいデザインを作るんですよ。ですから「かっこいいものを」という要望にはフェスターだな、と思います。
あとは、夫は経験が長いので、クライアントの考えていることが全部見えるんです。例えばデザイン案について「クライアントが、ここを赤くしてと言っているのでよろしく」と伝えると「いいけど、赤くしたら多分こういうふうに言ってくるよ」と、彼の中ではパターンが見えている。まさかと思っていたら、本当にクライアントからそういう返しが来て「あっ、全部見えてる!」って(笑)


- 中村さんの方からフラップへ仕事の紹介をすることは?

中村: 僕はwebの仕事をやり始めて、わりと早い時期から規模の大きい案件を手掛けていたので、「力のあるディレクションチームと組む」というのが仕事の方針としてあります。だから離れた後でも、フラップとは時々組んで仕事をしています。


- 家でも仕事の話をすることはあるんですか?

小沼: ありますね。特に私がフリーランスになった頃は、ずっとひとりで仕事をしていて愚痴を言う相手がいないという状況に慣れていなかったので、家に帰るなり「ただいま、あのね今日こんなことがあって…」という感じで、話を聞いてもらっていました(笑)

中村: 僕は最初からひとりで仕事をするのが普通だったので、愚痴を聞いて欲しいと思うこともあまりないですけどね(笑)


後編を読む

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中村 克己(NPO法人国酒支援事業団体サケネス 代表理事、株式会社フェスター 代表取締役)
1968年北海道札幌市生まれ。インテリアデザイナーを経て、1999年よりWeb/グラフィックデザイナーとして、大手企業のCIやWebサイトデザインに携わる。
2006年頃より日本酒のおいしさに魅了され、大好きな日本酒を支援したい思いが高じてサケネスを設立。日本酒をはじめとした国酒の発展をサポートするため日々邁進している。
http://sakeness.jp/

小沼光代(株式会社フラップ 代表取締役)
1978年富山県生まれ。2001年に中央大学卒業後、専門商社、企画会社を経てモバイルコンテンツプロバイダーへ。退職後、フリーランスを経て、株式会社フラップを設立。
女性向けコンテンツを中心に、大手企業のWebサイト、アプリなどの企画から運用までをワンストップで受託している。
http://flap.jp/

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